第9章(1)
日本で出会った大半の女たちは、考える女たちである。多分、考える以外の活動はすべて他人によってコントロールされているからだが、彼女らはかなり熱心に考えに耽る。
誰もが自分の知識を金に変えるのに忙しいか、あるいは後で金に変えられる何かを学ぶのに忙しいこの国で、これらの女たちだけが私の唯一の望みだ。何も知らず、何も学ばず、母親たちが以前したと同じことを継続している。
私は日本で窮屈な思いをしている。空間の問題だ。トイレは狭く、椅子は小さい、自動販売機の釣り銭が出てくる小さい穴に手を入れるのに苦労する。しかしここでは女の膣が広くて深い、あるアメリカ人が請け合った。
リサの父親がママの頭をぶった日、私は震え上がった。私は暴力が怖い。スクリーンで見るのさえ、好きではない。あの男が彼女の髪を掴み、こたつに頭を打ちつけた時、私は恐怖のあまり麻痺した。私は暴力に反対だ。暴力が怖いのだ。そして時折、現場に居合わせると私の本能は逃げろという。意気地がないのだ。弱い者をかばいたいのだが、すっかり私は無力になって、本能的に暴力の現場から出来るだけはなれようとする。この場合、私は急いで立ち上がり台所に逃げた。
リサの父親は野蛮な人間である。25年間彼を食べさせてきた50才の女をぶつことが出来るのだ。神経質な、やせ衰えた男である。ただ私が怒って怒鳴るだけで崩れてしまうだろう。しかし、私は行動しない。麻痺してしまうのだ。怖いのだ。暴力が私をびりびりに怖がらせるのだ。
これまでの生涯ずっと、自分のこの意気地のなさを恥じてきた。それをうまく隠すために出来る限り暴力の現場を避けた。道や汽車で乱闘を見ると、いつでも軽蔑の目を向け、背を向けた。私が恐がっていることは自分だけが知っている。学校の時でも、喧嘩することが出来なかった。私より小さな少年が私を殴り、殴り返すよう挑まれても、出来なかった。
こんな現場では私の臆病さが暴露される。知識も、知性も役にたたない。何が必要であるかというと、誰かが、娘婿の目の前で50才の妻をぶったこの痩せた神経症の男の首を掴み、思う存分揺さぶることである。しかし、そういったことは何もせずに、急いで立ち上がり台所に移動したのだ。
かくして、現場には三人の女たち、私、リサと、涙を出さずに叫んでいるママ、そして一人の男がいる。痩せて、神経質での人生に何も残されていない中年男。暴力をつてに人生の藁にしがみついている男。使用済みのティシューほどにも役に立たない男。彼は、人間の大昔からの処方である暴力を手段に生き延びようとしている。
私は暴力の起源について、すばらしい小論を書くことが出来る。すれて糸の見えるまで分析することが出来るが、それが起こるとどうにも出来ない。麻痺してしまうのだ。
この事件が、私の眼鏡に新しいレンズを付けた。今は日本のあらゆるところに、抑制された怒りだけを見る。電車で毒々しいコミックを読んでいるサラリーマン達。中には黄緑がかったスーツを着ている者もいる。何という色! そして黄色いネクタイを締める。
誰もが自分の知識を金に変えるのに忙しいか、あるいは後で金に変えられる何かを学ぶのに忙しいこの国で、これらの女たちだけが私の唯一の望みだ。何も知らず、何も学ばず、母親たちが以前したと同じことを継続している。
私は日本で窮屈な思いをしている。空間の問題だ。トイレは狭く、椅子は小さい、自動販売機の釣り銭が出てくる小さい穴に手を入れるのに苦労する。しかしここでは女の膣が広くて深い、あるアメリカ人が請け合った。
リサの父親がママの頭をぶった日、私は震え上がった。私は暴力が怖い。スクリーンで見るのさえ、好きではない。あの男が彼女の髪を掴み、こたつに頭を打ちつけた時、私は恐怖のあまり麻痺した。私は暴力に反対だ。暴力が怖いのだ。そして時折、現場に居合わせると私の本能は逃げろという。意気地がないのだ。弱い者をかばいたいのだが、すっかり私は無力になって、本能的に暴力の現場から出来るだけはなれようとする。この場合、私は急いで立ち上がり台所に逃げた。
リサの父親は野蛮な人間である。25年間彼を食べさせてきた50才の女をぶつことが出来るのだ。神経質な、やせ衰えた男である。ただ私が怒って怒鳴るだけで崩れてしまうだろう。しかし、私は行動しない。麻痺してしまうのだ。怖いのだ。暴力が私をびりびりに怖がらせるのだ。
これまでの生涯ずっと、自分のこの意気地のなさを恥じてきた。それをうまく隠すために出来る限り暴力の現場を避けた。道や汽車で乱闘を見ると、いつでも軽蔑の目を向け、背を向けた。私が恐がっていることは自分だけが知っている。学校の時でも、喧嘩することが出来なかった。私より小さな少年が私を殴り、殴り返すよう挑まれても、出来なかった。
こんな現場では私の臆病さが暴露される。知識も、知性も役にたたない。何が必要であるかというと、誰かが、娘婿の目の前で50才の妻をぶったこの痩せた神経症の男の首を掴み、思う存分揺さぶることである。しかし、そういったことは何もせずに、急いで立ち上がり台所に移動したのだ。
かくして、現場には三人の女たち、私、リサと、涙を出さずに叫んでいるママ、そして一人の男がいる。痩せて、神経質での人生に何も残されていない中年男。暴力をつてに人生の藁にしがみついている男。使用済みのティシューほどにも役に立たない男。彼は、人間の大昔からの処方である暴力を手段に生き延びようとしている。
私は暴力の起源について、すばらしい小論を書くことが出来る。すれて糸の見えるまで分析することが出来るが、それが起こるとどうにも出来ない。麻痺してしまうのだ。
この事件が、私の眼鏡に新しいレンズを付けた。今は日本のあらゆるところに、抑制された怒りだけを見る。電車で毒々しいコミックを読んでいるサラリーマン達。中には黄緑がかったスーツを着ている者もいる。何という色! そして黄色いネクタイを締める。
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