Thinking Women

Written by Shashank Lele in 1994-5 Translated by Yoshida Mitsuko

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Location: 京都市, 京都府, Japan
  • 白蝶日記
  • Bengal Report
  • Plants in Ayurveda
  • July 28, 2007

    ※1 この小説に出てくる人、場所、事件などは、もちろん全てフィクションです。

    ※2 この小説への感想やご意見などを、コメント欄に書き込んでいただければ
       たいへん嬉しいです。お気軽にどうぞ。

    July 25, 2007

    第16章(2)

    こんなことが何故いつも起こるのか? 母は、バターと火は別々にしておかなければならないと言う。バターは溶けざるを得ない。リサも、生物としての本能という面からのみ、これらの問題を扱う。

    バターのようでありたくない。これがずっと長い間私を悩ましていた。範子とのセックスは、ほとんど快感をもたらさず、荷馬車いっぱいの罪悪感をもたらすだろう、それでも…

    シャンティニケタンのあの男、ルパの父親に尋ねたことがあった、考えと行為は同じことかどうかを。カルマについて話していた。彼は尺度が異なると言った。駄目だ、私は尺度が重要でないことを知っている。ごく若かった時はそうだと思ったものだった。今はそれが意味のないことだと分かっている。

    思春期の間、マスターベーションしながら叔母たちや友達の母たちを空想していたことに強い罪を感じたものだった。成長するにつれ、その空想が同じ年の女たちに移行した。罪がいくらか減った。それでも魅力的な誰かに出会い、好ましいと思った時はいつでも、どんな動機で知り合ったかにかかわらず、同じ日の夜その人が心に浮かぶのだ。

    女たちとのかかわりすべてに、この問題をかかえた。夜、心の中で彼女らに何をするかを、私の振る舞いから悟られるようなどんな些細な手がかりをも与えまいと、いつも全努力を払った。そして恐るべきことに、ある特殊な女たちにはそれでも分かってしまうという感じをよく持ったのだ。

    友達は頭に映画スターを描いてした。決して出会わない人たちなのだ。同じようなことをしてみたが駄目だった。私の空想は実現するチャンスを持たなければならないのだ、もっともらしくなければならない。

    このため、考えと行為の間のギャップは狭かった。そして、罪の意識はいつも高かった。

    範子にキスを求めたことを思い出す時、突然、私とリサの父親の間に違いがないことに気が付いた。彼は電話でママにとても穏やかに話し、彼のところへ戻って来るようにした。ひどい振る舞いをしないと約束し、平静を失わないと約束する。そして彼女が信じて帰ってくると、髪の毛を掴んで頭を殴るのだ。

    範子には話せる友達が必要である。女の友達がいいだろう、その方が率直に話せる。

    いつも私は、範子が求める友達のように振る舞った。彼女の観点から見れば、年上の人。美しい女と結婚し幸せで落ち着いた男。私はゆっくりネジをゆるめた。少しずつだが、内的なことすべてを話すようにさせた。そして突然、飛びかかる、ちょうどリサの父親のように。

    私達は二人とも野蛮人である。平等に惨めな野蛮人なのだ。骨も肝もない。

    いや、もしかすると私は間違っているかもしれない。実は、範子は私に犯されたがっているのかもしれない。こうなるように無意識のうちに計画したのかもしれない。女というものは、往々にしてそういう傾向がある。しかし、何故かそれは重要でないように見える。とにかく私の心が透き通っていない。透き通っておらず、惨めなのだ。

    July 24, 2007

    第16章(1)

    「大変なことになったの」

    範子が東京から戻って来た。

    「どうしたんだ?」

    「大変なことになったの」

    「ジャハンギールと寝たのか?」

    「ちがう、ちがう、彼とじゃないの」

    「彼とじゃないのか、え、じゃ別の誰かと? シンジラレヘーン、誰と?」

    「電話じゃ話せないわ。明日の2時に行くわ」

    明日というのは火曜日だった、範子は、リサが神戸へ出かけたちょうど30分後に来た。

    彼女はとても興奮していた。

    「私、恋してるの」

    私達の部屋の畳に座ってすぐ宣言した。彼女は少し変わったように見えた。インドを去ってからほとんどずっと陰鬱だったのと反対に、今彼女は輝いていた。

    範子の2日間の東京訪問は本当に波乱に富んでいた。最初の夜、彼女は50才の男とセックスをした。次の日の午後、ジャハンギールの愛の誘いを拒否し、その日の夕方また別の男と恋に落ち、結婚を誓った。

    何が起こったのかを、おぼろげながらにも理解するには、私の側の超人的な忍耐と、範子の側のすさまじい言語的努力が必要だった。

    「しかし、君が東京に行ったのは、ジャハンギールに会うためだと僕達は思ってたよ」

    「そうよ、それと、私の前の先生にもね。彼には定期的に手紙を書いてるわ。とても親切なの、いつも返事をくれるわ」

    「オーケー、だけど何故彼と寝たんだい?」

    「頼まれたのよ」

    「じゃあ範子さん、どうか僕と寝てください。そう、今すぐに」

    「だけど、あなたは私を愛していないわ。つまり、私はあなたを愛していない。私はあなたのことお兄さんのように思ってるんだから」

    「じゃ、その先生は? 父親のように思わないのか?」

    「そう思うわ。もっともだわ。いつでも彼を尊敬してきた」

    「じゃあ君、どうして彼とセックスしたの」

    「要求されたのよ。私が大学を去ってから4年経っているのに彼は私のこと忘れたことがなかったのよ。毎日、私のこと思っていると言ってたわ」

    「彼の妻と子供達は何処にいたんだ?」

    「今休暇で北海道にいるわ」

    「そんなことがどうして起こるんだ? 僕がそんなことを書いたら、人は僕が気が狂っていると言うだろうよ」

    「説明するわ」

    範子は大事件の詳細を私に話すことが何よりも好きなのだ。実は私はいつもその信憑性に確信がないのではあるが。

    彼女はすべてを話す。彼が彼女に手で事を終えさせた正確な過程を。彼は酔っぱらいすぎてか、あるいは年齢のせいか、彼女の中で事を終えることが出来なかったのだ。

    「分かるでしょう。握り具合、動かす速さ、私全部知ってるのよ、だけど彼には私が何も知らないように、私が純真無垢のように見せなければならない」

    「本当? それはどうして?」

    「もし少しでも興味がありそうにしたら、彼は私を嫌いになるわ」

    「それが日本式作法かい?」

    「そうそうそう、私のイメージが大切なの」

    他の人にだったら、じゃ先生のイメージはどうなの、と尋ねるところだが、私は範子には最小限の質問しかしない。そうは思いたくないのだが、実は私自身が、彼女に心情よりもむしろ実際の行為の詳細を話させるようにしむけていたようだ。もまれている乳房や入ったり出たりするペニスに執拗にカメラの焦点を合わせた、安っぽいポルノ映画のように。

    範子はその夜その先生の家に泊まった。朝、彼女が家を出る前にもセックスをした。彼は朝の方がうまくやれるようだった。

    ジャハンギールは彼の友達と一緒だった。一日中、3人は東京をあちらこちらと動き回った。港に行き、人工島へフェリーで渡った。

    ジャハンギールはその日中、範子の体のあちこちに触り、公園で1、2回キスを奪った。範子は公衆の面前で何かするのを嫌がる。彼女の着る物も常にとても大人しい種類のものである。くるぶしまでくるスカート、Tシャツ又は首と袖がきっちり閉まるブラウス。

    範子はジャハンギールの友達が気に入った。明らかにジャハンギールよりカワイイ。そして彼の方がジャハンギ-ルよりもいい暮らしをしていた。昼食や交通費などは全部彼が払った。それに、範子が公衆の面前でしてもいいと感じる以上のことをジャハンギールがした時は目で彼女に同情を表した。

    その夜、人工島から随分遅く帰った。ジャハンギールとその友達が地下鉄で家に帰るには遅すぎたし、範子が京都への列車に乗るにも遅すぎた。

    それでホテルに部屋をとった。男の子たちは床に寝て、範子はダブルベッドに寝た。午前2時頃ジャハンギールは起き上がり、ベッドに入ってきた。範子は強く拒絶した。つかみ合いにこそならなかったが、結局は双方に硬いしこりが残ったのは確かだった。ジャハンギールの友達はこの間ぐっすり眠ってはいなかったが、紳士である彼はそのようなふりをしていた。

    朝、ジャハンギールはすぐ家に帰った。友達は後に残った。範子にとっては朝の列車で京都に帰らなければならない理由はなかった。どっちみちその日は空いていたのだ。

    それで今度は範子とジャハンギールの友達が、東京をあちらこちらと動ごきまわった。ジャハンギールの友達は範子のどこにも触ろうとしなかった。ただ、ずっと範子に恋をしていたけれど、ジャハンギールと結婚すると思っていたので今日まで言わなかったのだと繰り返し繰り返し範子に言った。

    「驚きじゃない? どうしてそんなにたくさんの人が私に恋するの? 何故私なの? 私はただの普通の女の子よ」

    (範子さん、君に恋していないけど、一緒に寝たい。君の脚の間にある粗い毛の黒い茂みを見て、触れたい。それがリサとの間に問題を引き起こすことは分かっているけど、クリトリスやら愛液やら、硬いペニスが穴へ強く押し込まれる時いつも感じるという痛みやらについて君と話した後、私は熱くなり過ぎている。君とやり、うめき、叫ばせ、終わった後、感謝感激の目で見てもらいたい)

    この言葉が範子との会話中あまりに何度も私の心に浮ぶので、時々、もう言ってしまったのではないかとびくびくしてしまう。

    実際、私が彼女に求めたことは、キスだけだった。ほっぺたならと彼女は言った。私は辞退した。沈黙と緊張が30秒間部屋を取り巻いたので、私は散歩に行こうと提案した。彼女は承知して、私達は通りに出た。一度戸外に出ると、何も起こらなかったかのように彼女は再び話し始めた。

    しかし、このことが、それ以来ずっと、私を大いに苦しめてきた。近くのレストランでコーヒーを飲んでいる間、私は彼女に、先生の男根を躊躇なく吸うことが出来るのに、何故私のキスを拒んだのかと尋ねた。

    「あなたが強引だったら、してたかもしれないわ」

    と彼女は言った。

    だが確かとは言えない。ふたりとも、その瞬間が去ったことを知っていたから、今、彼女はそのことで私を気遣ってくれたのかもしれない。彼女は私との友情を失いたくないのだ。私はこの世で恐らく彼女の唯一の友達だろう。何れにしても、私の苦悩の源は範子の私への返事ではない。苦悩の源は私の欲求そのものなのだ。

    July 21, 2007

    第15章(2)

    ジョンは若くない。苦労のあとが見える。だが彼がそこから何を学んだのか評価することは難しい。彼は合衆国に戻りたくない、ここが好きなのだ。長期間のビザと、ビジネスが始められる金が必要なのだ。始められるだけのいくらかの資金が手に入るなら、かなりうまくやれるという確信が彼にはある。このために日本人の妻が必要なのだ。美子が好きである。彼女が彼を好きだという証拠も揃っている。彼女は彼と結婚すべきであり、そうすれば人生のあらゆる未解決の課題は一発で解消するだろう。

    「俺は規準内で動きたい。動き始める前に注意深く、自分でそれを限定する。一度定められたら躊躇はしない。ただ進むだけだ」

    彼はアメリカ人だ。アメリカ人は馬鹿だ、とリサが言う。だがジョンはクリーブランドの実に素朴な男なのだ。商売が好きで、男友達が好きなのだ。もし規準を毎日毎回調節しなければならないとしたら、彼の頭はくるくる回り出すだろう。

    「昨日の彼女の言葉はあまりにもショックだったよ。彼女、どうしてセックスするだけの友達じゃいけないの、と僕に聞いてきたんだ」

    「どういう意味? スワッピングのこと?」

    「つまり人はテニスをする友達や映画に行く友達を持つことが出来るんだから、どうしてセックスを一緒にする友達を持ってはいけないのかと言う意味なんだよ」

    「美子は、君と美子との関係に当てはめるつもりで言ったのか」

    「残念ながらそうだろう」

    「もし僕が君の立場なら、そんなにショックではなかっただろうな。私達が出会った時、リサは似たような考えを持っていたんだ。今は彼女もそれ以外のことを期待しているとは思えないけど、少なくともその時は私だけが結婚を望んでいたんだ」

    「しかし相手に全面的に関わり合うことは、二人の関係に全く新しい展望をもたらしてくれるだろ」

    「それは彼女らの経験ではないんだよ、少なくとも彼女らの母親の経験ではない。男に全面的に関わり合うことはほとんどいつも彼女たちに苦痛をもたらした。今日、彼女らは教育を受け、経済的に自立しているので、ごたごたには関わりたくないのだ。彼女らはセックスのために男を必要とするが、その他のことではほとんど必要としない」

    「しかし、母親たちは奨励しているようだ」

    「結婚を?」

    「俺は今混乱している。美子の母親が僕を歓迎してくれ、九州に旅することに何の反対もしなかった時、俺を将来の義理の息子と見なしてくれていたと思ってた」

    「そうなんだ、僕もこの母親たちには驚いたよ。娘がセックスを必要としていることを知っていて、そのことに眉をひそめたりしない。だけど、結婚、つまり束縛は駄目なんだ。リサの母親は外国人との結婚、娘よりもずっと年上で、金も仕事もない男で、精神病の病歴を持つ男との結婚に猛反対した。しかし、リサがその男と一緒に寝るのには、反対しなかった。それが理解できない。彼女らはちょっと別の道徳感を持っている。リサはキリスト教的倫理感と呼ぶものをよく茶化すんだ」

    「だけどあんたはキリスト教徒でなくて、ヒンズー教徒だろう?」

    「そうだよ、でも150年の間イギリス人が一緒にいたし、さらに、古代のヒンズーの道徳とかそんなものが、イスラム教徒の侵略と共に随分変化したんだ。それにバラモンたちは堕落したし、その他多くのことが起こった」

    「それじゃ、あんたは相手に全面的に関わり合うことなしにベッドを共にするという関係を認めるのか?」

    「正直いって、ただ分からないと答えられるだけだ。こういうことは機械的にはきっと処理出来ないと思う。もし明日、リサがいない時に美子が私の部屋に来て、おかしな振る舞いをし始めたとしたら何が起こるか誰に分かるだろう? 彼女を追っ払うか、それともとことんやってしまうか、何でも起こり得るよ。全面的な関わり合いとか関係とかについてこうして話したことは、その時には全く意味のないことになるだろう」

    「そんなことは映画でしか起こらないよ」

    「そう願うけどね」

    「とにかく、あんたが言うことはそんなに珍しいことではない。だけど俺が言いたいのは、つまりちゃんとした関係とか全面的な関わり合いとかのないセックスはあまり素晴らしいものじゃないということだ。高校の時とかそんな類ならオーケーだ。だけど二人の間で、他のことに関するすべてが合意に達していないなら、セックスで何の絶頂感も得られない。俺の言いたいこと分かってくれる?」

    「やっと調子が出てきたね、ジョン。だけどね、君、日本でどれだけの女たちがその絶頂感を感じたことがあると思う? 彼女らはそれについて本で読むんだ。実際、彼女らはそのことしか読んでないようにみえる。リサは膣のオーガスムを得るための全く奇妙なテクニックをいくつか私に紹介してくれたんだけど。このオーガスムとかなんとかいうことがむしろ男女の関係の質に左右されるのかもしれない、と言うことは何故かわれらの女たちには理解できないんだろうね」

    「この国の何が問題なんだろう? 俺にはここの人々は人間らしく思えない。何が彼らを悩ませているんだ」

    「ワカラヘンケド、想像してみることは出来る。特に美子の母親のような人達についてはね。彼女らは戦後に大きくなった。あまりの恥だらけ、あまりの不名誉が、その頃の日本に山積みされていたので、子供達はある種の不感症になった。彼女らは子供達が必要とする物は何ひとつとして待てなかった。彼女らの大半は父親を持たなかった。そして彼女らの母親たちは疲れきっており、淋しく絶望的な人間たちだ。

    不名誉のすべて、恥辱のすべてがこれらの子供達に不屈の精神を与えた。決定的に不屈の精神を。彼女らは成功しようと決心した。君の言葉を借りると、当面の規準を設定して、その中で一生懸命働いた。懐疑のために立ち止まったり、上手くいっているかどうか時折省みたりすることもなく……

    その日本人と、47年の国土分割で根こそぎにされたインドの人々の間に私はある類似点を見る。彼らもすべてを失ったし、大部分は彼ら自身に落ち度などなかったのだ。彼らは同じように振る舞った。冷酷になり、がむしゃらに働くようになった。

    とにかく、だから美子の母親の世代は成功した。彼女らの決めた規準内では非常に成功したのだ。しかし、その規準の外にあるものをすべて失った。取り返しのつかないほど失ってしまったのだ」

    「時々思うんだが、もし俺が美子と結婚したら、美子と母親の両方が男もなかなか捨てたものじゃないということを知る機会を得るんじゃないだろうか。男もトモダチであり得ると」

    「スゴイ、ジョンさん! 素晴らしい考えだ。関係というのはそのような考えの上に成り立っているんだ」

    「そうなんだ。だけど彼女がまず結婚に同意してくれなきゃね」

    「なぜだ? ジョン、何も求めないことだ。ただ与え続けるんだ、そして投資に見返りを期待しないことだ」

    「それはギータからの引用かい?」

    「いやいや、それはキリストが言ったんだ」

    July 20, 2007

    第15章(1)

    範子が見当たらない。恐らく東京にいるのだろう。彼女はどこかへ行きたくなるといつでも、私達のところに行ってくると両親にうそを言う。だから電話はできない。

    ジョンはここを出てちゃんとしたアパートに引っ越した。先週、私達は彼の引っ越しパーティーに行った。とても小さいアパートなので招待客はほとんどいなかった。招待されたのは、たったの三組。外人ハウスの女の子たちはジョンに腹を立てている。彼女たちは何ケ月もの間、ジョンの苦悩を聞き、泣いたら可能な限り彼に肩を貸してあげたのだ。少なくともその特別な夕べ、彼女たちを招いて、一緒に飲んだり、歌ったり、大声で笑ったりすることが出来たはずだ。

    だが、ジョンは注意深いし、それに使命を持っている。美子は白人の女の子たちと一緒にいると居心地が悪いのだ。言葉のせいだと皆言うが、しかしそれは白人女たちの長いまつげや、口紅が要らないほど赤い唇のせいでもある。

    ジョンは非常に注意深いプランナーである。彼はクリーブランドで小売り業を営んでいた。私達の他に、日本の女と結婚しているニュージーランド人、それにマサとカレンが招待されていた。カレンは小さな男の子を連れて来ており、それがその場にある種の品格をもたらした。ジョンが英国の影響を受けていることは明かである。

    私はビールを飲んだ。恐らく非常にたくさん。クリケットについてニュージーランドの男と話した。ビールとクリケットの話はよく合うのだ。美子はこの機会のために綺麗に着飾っていたが、リサはそうではなかった。私はその女主人に礼を尽くした。かなり必要以上に。リサは家に帰ろうとあの小さな部屋を出た瞬間そのことを言い始めた。

    覚えているのは、その晩、美子に4回か5回、君は魅力的だと言ったことだけだった。それは必要だったのだ。パーティーの為に彼女は足の爪まで塗っていたのだから。私は彼女があの華奢なおもちゃのような車を運転している時、非常に格別に見えるとも言った。車と運転者がぴったり合ってると。それはビールを嫌と言う程飲んだ後に飛ばす私の貧しいジョークの一つなのであった。彼女が車と呼ぶそのおもちゃに出入りするのに私はとても苦労した。

    しかし、彼女はそれをほめ言葉ととった。私はジョンに良いことをしたと思う。客が去った後、彼らは気持ちよく愛し合ったのだから。

    ジョンは学生時代の一人の友達を思い起こさせる。この男は女の子と知り合って数分の間に結婚を申し込むのが常だった。

    パーティーは成功だった。ジョンと美子は一緒に料理した。美子は日本式礼儀で客をもてなした。男のグラスにビールをついで、その度にさほど長くない睫毛をぱちぱちさせた。ジョンは自分のアパート、自分の恋人、そして面白くもないジョークを飛ばす自分の友達を得意に思っているようだった。

    「ジョンさんは私にあなたのご主人はインテリだと言ったけど、実際はとてもおかしい人ね」

    帰ろうとした時、美子がリサに言った。「おかしい」は和製英語でユーモラスと言う意味である。それからリサに私の年齢を尋ねた。

    「えっー、ジョンさんとあまり変わらないのね。何故、そんなに老けて見えるの?」

    私は説明として自分の白髪頭を指さした。

    「あー、なるほどね、だけどジョンさんはハゲになってきてる。彼の胸毛を頭に移動出来ればと思うのよ」

    日本の男には胸毛がない。

    「僕たちの外人ハウスよりこの場所の方が好きなの?」

    私は美子に尋ねた。私がジョンから期待されていたのは、何故、美子が結婚を避けているのかをどうにか見つけ出すことであった。

    「ここはいいわ、私の家からとても近いから。これからは来たい時にいつでも来られるし」

    と言った。

    「どうしていっそここへ移って来ないの?」

    ニュージーランド人が尋ねた。彼は不器用なわけではないが、彼はクライストチャーチ(ニュージーランド南島東岸の市)でクリケットの直球投手をつとめていた男である。

    ジョンはショックを受け、苦しい目で私を見た。リサとニュージーランド人の妻は耳をそばだてた。しかし、何も起こらなかった。美子は賢明な言い訳をひねり出そうとしていると皆が思っている間、私は「移って来る」という英語が我々の可愛い女主人には理解出来なかったのだと感づいた。私はこの国で英語を教えたことがあるのだ。

    それで何も起こらなかった。ニュージーランド人は繰り返して言わなかったし、リサは話題を移し、日本語に切り替えた。

    July 15, 2007

    第14章(3)

    「君が何を嫌がっているのか察するのは難しすぎるよ。ジョンも美子に関して同じような問題を抱えている。彼はもうあきらめたいと今朝電話で言ってたよ」

    「あなた、本当に知りたいの?」

    「うん、何よりもね」

    「私はあなたに女になってほしいの」

    「何だって?」

    「そうなの、あなたの男性器はそのまま残ってていいんだけど、他のすべての点で女のようになってほしいのよ」

    リサを私の膝に座らせて、軽い調子でしゃべっていた。それでも、これらの言葉の意味があまりに重要なので無視出来なかった。

    男は粗野だ、と言うのが彼女の意見である。愛し合っている間、ほんの小さな微かな攻撃性でも、それが見えると、リサは即座に冷えてしまう。一つ一つの動きがとてもゆっくりなされなければならないし、それらが彼女に100パーセント受け入れてもらえるものかどうかを確認しながら進んで行かなければならない。抱き締めないで、ただ柔らかく愛撫するだけ。突っ込むのではなくて、ただ、するりとすべり込むだけ。言ってみれば唇がそれを吸い込むという感じでなければならない。とにかく文句を言うことは出来ない。私はそれが好きだし、私は彼女が好きなのだ。

    そして、セックスを通してどんなごまかしも試みてはいけない。意識下でさえも。男が粗野であることを自ら悟り、それを止めることがすべての望みであり、願いなのである。

    アジアは女のようで、ヨーロッパは男のようだ。これはリサの好きな信念の一つである。

    「日本は、西洋の考え方を取り入れ始めてから、惨めになったわ。誰もが年がら年中ストレスの中にいる。誰も考えたり感じたりする時間がない」

    「でも日本が成功したからこそ、今日誰もが日本に一目おいてるんじゃないか。西洋的なものを取り入れて成功したんだよ」

    「何故あなたは成功とか、認められることをそれほど強調するの。テレビに出てくる大統領やテニスのチャンピオンのような、いわゆる成功した人たち。彼らの誰一人として私には幸せそうに見えないわ。認められるのに忙しすぎる。動物は認められなくたって幸せに生きられる。木は、誰かに見られようとそうでなかろうと幸せだわ」

    そんな議論は以前に聞いたことがあるし、滅多にそれに感動したことはなかった。そういう理論家の大半は書いた物を有名な新聞や雑誌に発表したがっている。リサは違う。心からそう思っているのかもしれない。

    私達が一緒に歩く時、真っ直ぐに歩くことは決してできない。私が何か独創的なことを雄弁にしゃべっているというのに、リサは「あっ」と言って、傍らの家の塀を這っている虫をよく見ようと走り出す。

    猫はもっと困り者である。リサは駐車してある車の下に座っている猫まで感知することが出来る。そして、それに挨拶するために道の真ん中にしゃがみ込まなければならないのだ。そんなことがごく日常的に起こる。短いスカートに私の目が行ってしまうのと同じように。

    私にとって、葉っぱはすべて緑であり、木は周りにあると気持ちがいい、しかし、それ以上の何物でもない。リサの場合、それはもう少し本質的な何かである。私が彼女と生きることによって少しでもそのおこぼれを頂戴できればと願う何かである。

    彼女は、他の者同様、少し変にもなり得る。会った当初、夕陽を見逃した時は眠れないと言っていた。「赤い黄金の光が、私の股の間に真っ直ぐ入ってくる」のだと。

    リサはその頃、ベンガルのタントラ修業者の一派に興味を持っていた。このタントラ修業者は連続的な、途切れることのない性交を行ずる。彼らの目標は、女が持つ複数のオーガスムを通してクンダリニーを目覚めさせることにある。

    数ケ月にわたる規則的で健全なセックスの後、リサは落ち着いた。しかし、同時に虚無感がある。目標の不在である。

    「大学やセミナーが全く無意味に感じるの。教授が教えることや、学生が討論することは、あまりにも初歩的で現実からかけ離れているみたいで、何かすべて時間の無駄じゃないかと思い始めたの」

    「チェンバロをまた始めたらどうだ」

    「それも考えたけど、今は何も重要でないように思えてしまう。駆り立てるような衝動が、もうないのよ」

    第14章(2)

    範子や他の人たちと私の関係がリサを苛立たせる。口論では私ばかりが勝つ。それは第一に私たちが常にリサの十分に使いこなすことのできない言語で話すからであり、第二に、そしてもっとひどいことに、私はリサが変わる以前に持っていた彼女の意見からいつも何か引き合いに出してくることが出来るからである。

    このこと全体が彼女をくたくたにしている。私たちは前より頻繁に口論している。

    父親のせいで、口論は彼女にとって非常に辛いことである。リサは私の他に何人かの男性と親しかったことがあるが、すべて短い期間であった。私が思うに、彼女がこれまである程度の期間一緒に住んだことのある唯一の男は、今のところ父親だけである。恋人とは、喧嘩や意見の食い違いが始まる段階に至るほどの期間、落ち着いて住んだことがなかった。

    父親とは、多分、意見の食い違いがあっただろう。妻と2人の娘という3人の女性が住む王国で威張り散らしているこの男は、独特な方法でかんしゃくを表した。

    ある時はリサが言うことをきかなかったので、彼はリサの子猫を二階の窓から投げ捨てた。また彼はハサミを自由自在に用いる。子供達が聞いている音楽の音量が高すぎると思うと、すぐにコードを切った。リサが学校の友達とあまり長く電話で話していると、ハサミが再び効力を発揮した。神戸の家では、電気の接続部分がすべて、継ぎ接ぎだらけである。

    彼はノートを破り、カメラやテレビのようなものを地面に投げつけた。子供達を殴ることはなかったが、彼女らに楽しみをもたらす物は何でも素早く破壊した。

    話をしていて誰かが私の言うことを聞き取れなくて、いま言ったことをもう一度繰り返さなければならないというのを私は嫌う。レストランでウエーターに注文を繰り返すことほど厄介なことはない。

    「父の言うことが聞こえなかった時は、いつでもひどいことになったわ。彼は繰り返すことが嫌いで、しかも、私達が返事をしないと怒り狂った。あなたが同じことをする時とても恐ろしくなるのよ。あなたの中に自分の父を見始めるの」

    「僕が君の父親とは似ても似つかないことは知ってるだろ」

    「ええ、でも父も私が小さかった時は、あんなんじゃなかったわ」

    リサには相手の言ったことの意味を理解する前に、その声の響きに応じる癖があった。それで私は混乱したものだった。彼女の「ええ」を聞いた後、私は話を最後まで続けるのであるが、最後に(礼儀正くではあるが)最初の部分をもう一度繰り返すよう頼まれることが常だった。

    「日本の言語あるいは会話の構造は、文の始めにあまり重要でない言葉がたくさんくるようになってるの。それは聞き手の注意を喚起するという役割を果たすのよ。そして意味のある部分は、真ん中と最後だけ。私が英語で困るのは、だいたい英語では、最初の言葉自体が文の流れを決めてしまうからなのよ」

    これは、一番もっともらしい説明だった。インドでしばらくのあいだ宮廷言語として使われたウルドゥー語にも同じような「意味のない言葉」があるのを私は知っている。

    専制政治が行われた国の言語は、すべてこのように発展するのだろうか。言葉が伝達のために使用されない言語、つまり安全に進むことができるよう請願し、懇願するために使われる言語。専制君主の怠惰な耳にぴったり合わなければならない言語。意味内容ではなく、言葉の雰囲気や語調に注意深く反応しなければならない言語。

    幸いなことに、私たちは喧嘩について話すことが出来る、それが解決した後でも。

    第14章(1)

    私は一緒に住むには疲れる人間に違いない。

    「確かに彼は他の人を圧倒するわ」

    妹は一度、私の前の妻にそう書いた。生計の維持と関心事の追求を両立させようとすると、近くにいる人たちの神経にさわることがある。リサは誰よりもうまくそれを扱うことが出来ると思うが、常に限界がある。

    リサは髪の毛を引っ張られんばかりに、はやく動くことを強いられた。そして、彼女にはその目的が全く分からない。

    自分が不幸せで、淋しい時には、いろんな考えが嵐のように頭に集まる。すべてを即座に打破したい。その時には、自分が行動するように選ばれた者であり、解決するように選ばれた者であるということを心は信じて疑わない。

    幸せが来ると本能は鈍くなる。埃は静まる。そこには雨の後の涼しい爽快な世界がある。普通の何の変哲もないことが、どれも美しく興味あるものに見えてくる。文明の行く手に待ち構えていると思っていた真剣な危機は、次第に遠のき始め、そしてしまいには記憶から消えてしまう。

    京都のトマトの値段が、飢えて惨めなソマリアの子供たちのよりも優先的な問題となる。

    リサにも似たようなことが起こった。そして私にも同じように感じて欲しいのだ。しかし、私は永遠に落ち着かない馬鹿者である。

    人々はいつも、私がもらい物のあらを探す、と批判する。私を恩知らずと呼ぶ。学生時代、フラッシュと呼ばれるトランプゲームをよくしたものである。ポーカーに似ている。一度も勝ったことはなかった。ゲームの流れにどのように合わせたらいいのか分からなかった。3、4時間のゲームで15分か20分、カードが自分に都合の良いように回わる時がくる。その時が、大きな勝負に出、ポイントを稼ぐ時なのだ。その他の時は、損失を最小限に押さえていなければならない。だが、私は決してそれを学ばなかった。つきがあろうがなかろうが始めから終わりまで勝負し続けていたのだ。永遠の楽観主義者。そして一度も勝ったことはなかった。ビジネスにおいても同じようなパターンに従った。

    なぜ私は人生をもう少し冷静に捉えられないのだろうか。なぜ少し休んで、食べたものをよく味わったり出来ないのだろう。なぜ、このように次のエピソードへと絶え間なく計画し続けるのか?

    そして、急いでいてつまずくと、全世界が私を助け起こすために走って来て欲しいのだ。助け起こして再び健康になるまで看護して欲しいのだ。一体、私に成長するということがあり得るのだろうか。

    ひとりぼっちだった年月に、私は結婚が民主主義的な制度ではないという、かなりもっともらしい理論を築き上げていた。私は家庭が国や州同様、ただ他のグループを利用するためだけに作られた、政治的団体にすぎないという動かぬ確信を持っていた。

    実際、私は以前マスターベーションを最も理想的な性行為として支持する小論を書いたことがある。それのみが人間に本当の意味での絶対的な自由を与えてくれるのだ、と書いたのを覚えている。

    リサの変化を観察し、自分自身の立場を思い出す時、考えというもののはかなさをさらに切実に実感し始めるのだ。

    July 10, 2007

    第13章(3)

    最近知ったのだが、範子は中くらいの大きさの家族の末っ子である。これである程度のことの説明がつく。このような状況では、人は思いきり甘やかされるか、あるいは皆の批判の的になるかのどちらかである。範子の場合後者が起こったのだと思う。彼女は可愛くもなく、聡明でもなかったのだろう。 中学校の時、私は1年間母方の祖父の家に住んでいたのを思い出す。大勢の大人と、数人の少年がいた。少年が大人と出くわした時はいつでも何かの用事、コップ一杯の水、棚のタバコなどを持って来させるとか、変わったところでは、暑い日なか何マイルも離れた所へ自転車で伝言を運ぶことなどを言いつかった。大人が使い走りを考えられない時はいつでも、私たち少年がいかに全く役立たずで、いかに生きるに値しないかということ言い聞かせるために、説教を垂れた。私にとっては、それはたった1年で済んだ、そして、大人がそれほどひどくない世界へと戻っていった。しかし、範子は全生涯をこのように過ごしたのだ。彼女はいつも機械的にへりくだっている、それは明らかだが、心の底ではいかなる種類の権威も嫌っている。そして自分自身のために、それが欲しいのだ。彼女は「大人」になりたい。

    範子は完全に民主主義に乗り損ねた。世界ははっきりと高低に分割されている。これは私に、ある洞察を与え始めた。サラリーマンとの結婚は大人と結婚することを意味し、それは子供としての生活を永遠に続けなければならないことを意味する。

    プリヨは恐らく、全人生をかけて捜していた弟であったかもしれない。誰かが自分のことを尊敬してくれるのは快いことであった。愛し方を教えることさえできた。年長者として、成長した姉として、女性の陰部がどんな風なものかを見せることもできた。

    だが、永遠に「大人」であるのはあまりに厄介だ。弟が熱を出している時、誰がおしめを替え、看病してやるのか?

    独立しており、仕事を持ち、金のある弟が必要なのだと範子は気付いたのだ。

    それを日本で見付けるのは難しい。京都でちょっとの間、ある日本人の男の子に言い寄っていた。その子はシタールを習いにインドに行ったことがあった。ある日範子は私達の所へ彼を連れて来た。しかし、この子は愚かだった。私とずっと音楽について話して過ごしたのだ。この付き合いには先に進む可能性がなかった。範子は長く待てないのだ。

    範子は日本人だけあって、自分の市場をよく知っている。南アジアからの労働者達、彼らはいつも日本人の妻を捜していないか? それは彼らにとって日本で安定した生活を営むためのパスポートなのだ。だからジャハンギールなのだ。

    July 08, 2007

    第13章(2)

    「日本に男なんているの?」

    ターニャは私に言った。

    「空虚な目をした虫けらのような奴らを男と呼ぶの! 奴らのしたいのは、私たちの胸の谷間を見下ろすことだけなのよ」

    と鼻を鳴らした。

    「君のを見るには彼らは椅子にのぼらなければならないだろう」

    「それならスカートの下から見上げるかもしれないわ。同じことよ」

    「そんなようなことを嬉しがる女たちを知っている」

    「そうでしょうよ、あなたならね、いやらしいインド人」

    「だけど、君が言うほど悪くはないかもしれないよ。女の子というのは、結局は注目されるのも好きだから」

    「いつ私がそうじゃないって言った? でも、それにはそれなりの方法というものがあるでしょ。私を性の対象としか思わない奴のことを、どうしたらいい人間だなんて思うことが出来るのよ?」

    「そんなにあからさまにやるのかい?」

    「2日ほど私のクラスに来てみなさいよ。それが分かるわ」

    「でも仕事の外でも男たちを知る機会があるだろ」

    「電車で? バスで?」

    「まあね」

    「あいつら酔っている時以外は会話が始められないのよ。そして、酔っぱらった日本人の男は、地上で一番ぞっとする生き物だわ。先週なんて、電車に乗っていた私に一晩いくらだって尋ねてきたのよ」

    ガイジンの女の子たちは問題をかかえる。思考様式の違いからくる問題である。しかし、私はこの「日本に溶け込むことができない」という問題に、もう一つの側面を感じている。

    今ではもう何百年も昔の話になるが、白人は最初商人として、兵士として、行政官として、研究者として、あるいは観光客としてアジアに来た。今のように肉体労働者として、召使いとして、平凡な賃金労働者として来たことは一度もない。というのもアジアの賃金は、母国のよりも決して高かったことはなかったからだ。

    だから白人たちは、支配か、開発するためか、あるいは平和や美のような漠然としたものを追求するためにのみやって来た。

    日本で起こったことは、何か法外なことである。日本のレストランは、可愛いブロンド娘をウエートレスに雇い、簡単に週給700ドル払うことが出来る。ヨーロッパのナイトクラブのホステスは、週給1500ドルがせいぜいである。今日、自分の子供に英語で話しかけてもらうために、家に来てもらった誰かに2時間分として70か80ドル払うことの出来る日本の家庭は何百とある。

    そんなクラスを毎週10個調達することは、この不景気の中でも不可能ではない。日本は物価の高い国だが、安い宿舎に住み、食事を切りつめるなら、毎月1000~2000ドル貯金するのはたやすいことだ。

    しかし、心か内臓のどこか奥底で彼らは居心地が悪い。

    北アメリカにいるインド人移住者に同じ現象があるのに気が付いた。「移民」は、その移住先の社会階層の下の方に位置づけられることになる。そうなのだ、楽園に移住したとしても、社会的には常に数段下を登っていることになるのだ。これが不快の原因となる。

    しかし、その後、金銭的観点から築かれたすべての関係、すべての努力が当惑の原因になる。最も鈍感な者にとってさえ。

    日本の人々がそれをどう思うのか推測するのは難しい。金は、少なくとも日本の女たちに自信を与えるには至っていない。まだ、ぺちゃんこの鼻や小さな乳房のことを心配している。あるいは、金が、まだ女たちに行き渡っていないのかもしれない。

    日本の男は金のことをよく知っている。地球を買春して回ることに大金を使う。だが、金持ちだということ以外に自分に価値があるかどうかを同時に心配している。解決は簡単である。酒! それで、午後7時から12時までは、王様たりえるのだ。

    July 07, 2007

    第13章(1)

    ジョンはウッディ・アレンを思わせる。恐らく眼鏡のせいだろう。アメリカでの生活が生き詰まり、ここに来て英語を教えている。

    日本は手ごわい。ブロンドの髪と青い目にお金を出す。好奇心から一夜を共にしてくれることもある。だけど友達にはなってくれない。心を開いて話してくれない。手ごわいのだ。

    ジョンは落ち着いた生活が欲しい。情緒的な安定が欲しい。金も欲しい。アメリカ人は非凡な人種である。何が欲しいのかを雄弁に語ることができるのだ。

    しかし、日本は冷淡だ。股は開かれているかも知れないが、心は閉ざされたままだ。

    そしてガイジンの女たちにとってはさらに手ごわい。彼女たちには金はもっと支払われる。陰気な奴らに微笑みかけ、匂いを嗅がせてやるのを仕事と呼ぶことが出来るなら、仕事は毎日数分であり、国に帰って修士コースに行くだけの金を十分貯えることが出来る。しかしながら、すぐ、独特の精神不安が始まる。空虚な夕方が、日一日と彼女たちを弱らせ始める。これまでの人生について反省する時間、吐いて捨てるほどたくさんの時間を持ち始める。過去の過ちについて、突然全く空白に見え始めた将来について。

    思春期の頃同様、目覚めが遅くなり始める。日毎に上がってゆく円の為替レート以外は何も楽しみに待つものはない。男がいなくて淋しいと思い始める。それもひどく。それは、平和時の任務で、どこか変な島に配置され、どうにもならない兵士のようなものである。軍隊では少なくとも時折、お祭り騒ぎが催される。ここの女の子たちにはそれさえないのだ。ただ貯金高が跳ね上がって行くだけ。

    男の子たちにはウイスキーがあるし、日本には、「イケイケ女」がたくさんいる。女の子たちは午前中、そして昼を寝て過ごす。寝返りをうち、子供のような泣き声を出す。最大音量のロックミュージックでさえ、神経を落ち着かせることが出来ない。彼女らは念をいれて顔や体を洗い、食べる。ラッキーなことに仕事は4時に始まる。しかし、まだ7時にもならないというのに、もう一日が終わる。なんてことだ。

    頭が空っぽの人たちは得だ。文化の違いなどが、かなり長く彼女らを魅惑し続ける。バンクーバーやパースやオマハにいる姉妹に長い手紙を書き、奇妙な日本の習慣について、故郷とどんな風に異なるか、その違いにどれほど驚いたか、などを書き送るのである。

    July 06, 2007

    第12章(2)

    先週、日本人の新聞記者が電話してきた。在日韓国朝鮮人組織の活動家が、その日彼を訪ねることになっていて、彼は私がその在日の訪問者と会うことに興味があるかどうか尋ねてきたのだ。この日本人ジャーナリストは、日本のその業界の者にしては、珍しくユーモアのセンスがある男だ。

    私はいつも暇である。時おり、インドのカースト制度や宗教区分について、そういうことに適当に興味を持った日本の女の子たちに話すことでいくらかお金を稼ぐ。英会話と呼ばれるものだ。しかし、いつも暇である。リサはそれを贅沢な生き方と呼ぶ。

    30年代のある時、朝鮮半島の人々が日本軍に連れてこられ、奴隷労働に使われた。合衆国における、黒人や中国人たちのようなものだ。

    戦後日本を占領していたアメリカ人は、その朝鮮人達を同等に、つまり、アメリカ人と同等に、そして征服された日本人より上に扱った。この数千人の朝鮮人達は、その時疲弊した日本で、あらゆるものについてあくどい闇市場を営んだ。犯罪に関与し、用心棒代を取り立て、賭博場を開いた。彼らにとっては良い時代だった。

    1952年にアメリカ人は去り、そして朝鮮半島はまだ混乱していた。この国外に放り出された朝鮮人達は、再び、日本が良くない所だと悟り始めた。

    数年後、彼らの一部は日本政府に連行され、サハリン諸島に追放された。再び、リベリアとよく似たケースである。

    残った朝鮮人達は膿んだ傷のように残された。戦争で日本人が何をしでかしたかを彼らに思い起こさせるために、彼らがいかに野蛮な民族かということを思い出させるために、これらの人達は、常にここに存在している。

    日本の政府は他の国の政府同様、過去のこの遺物をいかに扱うか途方に暮れている。野党は、取り上げる論争点にこと欠く時はいつでも、この頼もしい論点を出してくることができる。平均的な日本人は在日韓国朝鮮人を毛嫌いする。マスメディアは、これも世界のどこでも同様、社会の残りの人々とは違って自分たちは神であり、親切で平等であると信じている。

    この在日韓国朝鮮人達は、数としてはとるに足らないものである。しかし、こんなにも完全に単一文化的な社会においては、彼らの不調和な声が大きな雑音を引き起こすのだ。

    私の友人を訪れたその韓国朝鮮人活動家は若かった。日本で生まれたと言った。父親も日本で生まれた。母親は韓国から来た。そして、彼の妻となる女もそうなるだろうという。

    「君はとてもハンサムだ、きっとたくさんの日本の女の子たちが君と結婚したがると思うよ」

    と私は言った。

    若い人達は真面目だし、とにかく日本はとても真面目な国だ。重大な人権論争が問題となっている時に、個人的な感想を持ち出してくることは間違っていた。

    「もし私が日本の女の子と結婚すれば、子供達はアイデンティティーの危機に直面するでしょう。彼らは拠り所を持てないでしょう」

    友人は通訳の役をかっていた。彼は他の日本人同様、巧妙に笑みを抑制することが出来た。

    「もし君がコリアンであることにそれほど固執するのなら、なぜ母国に住まないの?」

    私の質問は私のお決まりのコースを辿り始めた。

    「私達は意志に反してここに連れて来られたんです。そして今、母国は分割されています。私たちはどこに帰っていいのかわからないんです」

    「ねえ君、それはずっと昔のことだよ。そんな馬鹿げた昔のことは忘れてしまえばいい、君は若いし、教育もある。自分自身を一個人として見ることが出来る。もっと自分を楽しんでみたら?」

    私の質問が、だんだん助言のようになってきたのではないかと心配した。しかも、その若者は、彼の組織について、また日本政府が最近彼らに対して犯した罪についてたくさん話そうとしていたに違いない、彼は宣伝用の書類をたくさん持参していた。しかし、我らの通訳である友達は、それをさほど気にしてないようだった。

    「私達は皆、両方のアイデンティティーが必要なんです。私達のルーツとしてのそれと個人的なものとしてのそれの両方。実際、これらは、ちょうど心と体を切り離すことが出来ないように、切り離して考えることは出来ないんです」

    「じゃあとにかく、君たちが日本の人たちに何を期待するかを話して欲しい。日本の政府にして欲しいことはすでに良く分かっている」

    私は言った。

    それには用意があった。彼は日本の女と結婚する気はないが、日本の人たちに彼を同等に扱って欲しいのだった。日本人同士が互いに払うような尊敬を持って。

    疲れてしまった。友達は訪問者にコーヒーを出そうとしたのだが、私をちらっと見て心を変えた。

    後で自分達だけで飲んだ時、友達は恐らく私が、戦前と戦争中に日本が朝鮮半島でしたことを、十分知らなかったのではないかと言った。

    「少しは知ってるし、残りは推測できるよ。人間はどこでも同じことをする」

    私は言った。

    「そう、だけど第二次世界大戦はまだ終わっていないと思う。多くの問題がまだ解決されなければならない」

    「どんな戦争も解決されないよ。僕が嫌いなのは、人々が何らかの苦情を売り物にし始める時だ。これは健全ではない。特に若い人にはね」

    もし、この友人が、翌月に予定されている日本における在日韓国朝鮮人の惨めな姿についての一連の執筆を控えていなかったら。私に同意していたことだろうと思う。

    「私達はマイノリティーの人々の心を決して理解することはできないだろう」

    彼が言った。

    「そうだね、インドではよく同じことを感じたよ」

    私は丁重に言った。

    「でも、日本にしばらく住んでみれば、それが少しは分かるようになるかもしれない」

    「その時、是非僕に会いに来て、君にインタビューするから」

    July 05, 2007

    第12章(1)

    国家主義というものは独特である。誰かがでたらめに大海に投げたような数個の石の上に事実上住む日本人は、この特異性にかなり悩む。彼らは実存主義を学び、ヴェーダを学ぶ。本を集める。家に本がたくさんありすぎて、他の物を置く場所がほとんどない。日本の商店街には4軒毎に本屋があり、本は10段もの棚に積み上げられている。フランス語から翻訳された本、ドイツ語から翻訳された本、英語から、ヘブライ語から。しかし、彼らは、太平洋の細長いこの島の外で生まれた者が人間であり得るとはあまり思っていない。

    ずっと以前、彼らは中国から文字、料理、宗教、鼻の低さなどを手に入れた。しかし、数十年前、彼らの生活水準が上昇した時、中国人を見下し始めた。彼らは目を西洋に向けた。あるいは、西洋人がそう仕向けたのかもしれない。彼らはそういうことに長けている。

    彼らの生活水準は、それ以来さらに上がり、今彼らはどこを見ていいのか分からない。

    西洋は今も重要だが、広島に原爆が落とされた時ほど特別ではなくなった。

    日本で最も人気のある気晴らしは、自責である。戦争でしたことへの自責。経済的なゴール以外何も追求出来ないことへの自責。封建的振る舞いに対する自責。自責、自責そして自責。しかし、この自責の念にかられ、それにふけることは彼らの実際の行動に何の変化ももたらさない。実に独特である。

    数ケ月の冬眠の後、範子は再び動き始めた。先日やって来て、過去6年間、東京で不法就労しているバングラデシュ出身の男の子について話した。

    リサは火曜日と木曜日、神戸でアルバイトをしている。どういうわけか、範子はいつもこの時に暇なのだ。リサに対して何らかの後ろめたさを感じ始めたようである。私は外国人だ。私と一緒に時間を過ごすのは、海外にいるようなものである。

    範子はセックスについて話すのが好きである。問題なのは、私もそれについて話すことが好きだということだ。話の大半は面白くない。範子は未だ好奇心の域を出ていない。しかし、女と一緒にこういうことを話すというのは刺激的である。

    「こういう話はリサ子さんとすれば? 彼女の方が君のことをもっと助けてあげられると思うけどね」

    範子に一度尋ねたことがある。

    「リサ子さんは日本に来てから変わったの。インドでは、特に彼女があなたに会う前は、よくこういうことについて討論したものだったわ」

    英語でなら、セックスについて話すのも、範子にとって抵抗が少ないようなのだ。しかし、彼女の英語の知識はごく限られているので、話はなかなか前に進まない。

    このジャハンギールという男の子は、何年も前から範子に恋しているらしい。ずっと東京から電話をかけてきている。奇妙なのは、ここ数ケ月の間に、範子の話の中に一度も彼のことが出てこなかったということだ。

    「知り合ってかなりになるわ。でも私に恋しているって知ったのは、ほんの最近なの」

    「どうやって?」

    「どうやって? どういう意味? ワカラナイ」

    「彼がこの数年間ずっと君に恋をしているって、どんなふうにして知ったの?」

    「彼が電話でそう言ったの。彼もうお金を十分貯めたから。今、ダッカに戻りたがってる。私が決心するのをただひたすら待っているのよ。ジャハンギールは、1年、2年、あるいは10年でも待てるっていうのよ」

    「ふーん、だけど君の両親は?」

    「そうなの、そうなの。両親は絶対に外国人を受け入れてくれないわ。ムズカシイデスネ!」

    じゃあどうしてプリヨでは駄目だったのかとかいうような質問は範子には無意味だ。そんな質問を避ける準備をして来ている。ただ同情してくれる聴衆が必要なだけなのだ。家では彼女に反対を唱える人ばかりなのだろう。

    「だけど、私はジャハンギールを愛してないわ。ただ、友達と思っているだけよ。良い友達とね」

    こんなセリフはもうたくさんだ。前にインドで、プリヨについても同じことを聞かされた。

    「ジャハンギールにあなたたちのこと詳しく話してるわ。彼、あなたに会いに京都に来たいのよ」

    リサはこのジャハンギールに関する話を好まなかった。

    「彼女を勇気づけないでよ。一緒に寝る男が欲しいだけなんだから」

    と言った。

    「こんな愛がどうのこうのっていう話なんかもう飽き飽き。彼女、その意味が分かってるの?」

    リサは実際、シャンティニケタン時代からかなり変化した。

    July 04, 2007

    第11章(2)

    ジャスティンとリサが男たちについて話している間、シャンティニケタンでちょっとだけ会った男のことを思い出した。ルパ、つまり私の愛しいベンガル人の中国語の先生の父親だった。この男は、ずいぶん前ドイツで仏教哲学の博士号をとった。後になって、シャンティニケタンの中国学部の学部長になった。この数年は、台湾のある仏教大学で教えている。

    この男は中年になって土地の娘と結婚した。確かでないが、チットラディの性格を考えると、彼は彼女に誘惑されたという感じを受ける。ルパは、彼が40代もかなり過ぎてからチットラディとの間に生まれた子だ。

    家庭生活は明らかにこの男には合わなかった。欲求不満にさいなまれた不満足な妻と、一人でいることを学んだ寡黙な子供を後に残し、すぐにまたさまよい出た。

    チットラディやシャンティニケタンの他の人達から、この男について多くのことを聞くことになった。ルパは父親について話すのを避けた。彼女は個人的なことは何も話さない。しかし、彼女が父親のことを苛立たしく思いながらも彼に好意を持っていることははっきりしていた。

    この男が短い休暇でシャンティニケタンに帰ってきていると知った時、私とリサは彼を尋ねてみた。

    彼を見た瞬間好きになった。私自身の死んだ父親に少し似ていた。だけど違っていたのは、彼が神経質だったことだ。きちんとした挨拶を交わす前に、彼は仏教の「アッタ」とウパニシャドの「アートマン」について、そしてそれらの違いを最近書いた論文でいかに示したかについて話し出した。

    だがしばらくして、彼はリラックスしてきた。会話が進んでゆくと、全く動かぬ信念をもって、霊的なものを追求する喜びは、この世のどんな楽しみよりも100倍も素晴らしいはずだと言った。

    「先生、あなたは、そっちに向かって行っているのですか?」

    あまりに個人的なことだと十分知りながら尋ねた。しかし、誰かが私の死んだ父親に似ていると感じると、私はその人に何でも尋ねられるのだ。

    「私は気質的に学究肌の人間なのですよ。飛び込む勇気は持ったことはないが、しかしまもなく来るでしょう」

    彼は穏やかに答えた。

    この後、香港のある霊能者についての入り組んだ逸話を私達に話した。その話は私を混乱させた。かなり陳腐な話だったからだ。

    とにかく、また会い、これらのことをじっくり話すと決めた。リサは彼を食事に招待した。

    食事はついに実現しなかった。この男は次の日、ひどいマラリアに襲われ、シャンティニケタンを去るほとんど間際までベッドに寝たきりだったのである。

    先日、意気消沈していた時、私はリサに言った。

    「台湾に行って、あの男に会おう。あの男は知恵者だから」

    「そんなお金、どこにあるのよ。頑張って日本で父親を見つけなさい」

    July 03, 2007

    第11章(1)

    「インドのような国々では、人々は絶えず人生の崖っぷちに住んでいるようなものね。病気とか失業あるいは結婚させるべき娘とか。中流階級から容易にすべり落ちて、道で生活するようになる。オーストラリアでは、人はそれほど不安定に生きなくてもいいのよ。社会保障ってものがあるからね」

    ジャスティンはシドニーで人類学を専攻した。小説を書くのが彼女の夢である。

    「君の国では、政府が神の役を演じているってことだね?」

    私は穏やかに尋ねた。

    「人々が神の役を集団で演じているのよ」

    とジャスティンは言った。

    「そして、神の役が演じられるために市場を探し続けなければならないってわけね」

    リサには社会主義的傾向がある。

    「オーストラリアは、武器やコカコーラや馬鹿みたいな暴力映画は輸出しないわ」

    ジャスティンは反アメリカ主義者である。

    「ええ、だけどあなたたちは牛肉を輸出してるじゃない。日本で肉を食べ始めたのは、オーストラリアからの押しつけがましい牛肉輸出のせいだわ」

    リサは菜食主義なのだ。

    「過去40年にあなた達日本人の背が高くなり、強くなったのはそのおかげよ」

    「日本人が本当に背が高くなりたがっていたのかどうか、誰か聞いてみたことあるの? 肉食をするようになったおかげで日本人が薄っぺらになっちゃったわよ」

    「事を少し大げさにし過ぎているんじゃないの。もし、攻撃的な市場開発が今日の問題のすべてだというのなら、日本こそ第一番に告発されるべきだと思うけど」

    リサは電話に出るためにリビングルームを出て行った。ジャスティンは期待の目で私を見た。

    「日本の女と結婚してるからというだけで、私が日本の側に立って話すとは思わないでくれよ」

    と言った。

    「わかってるわ、だけど、あなたはいつもアジア人としてものを考えるでしょう? 白人はあなたたちの美しい文化を破壊したって」

    「僕は何も考えないよ。アーリア人が中央アジアのどこからかインドに下りて来て、その同じアーリア部族の他の人々がヨーロッパに上がって行ったという有力な説がある。だから僕は、5千年前インダス川流域にやって来て、そこの原住民を奴隷にした白人の子供かもしれないよ」

    「とにかく、食物を輸出することが罪であるはずがないわ。農夫が余剰物を売るのは自然なことよ。それだから、そのお金で別の必需品を買うことが出来る。私達は、世界を支配しようとかそんなことを考えるような人間じゃないわ」

    ジャスティンは愛国主義者であり、あくまでもオーストラリアの国旗を握っている。

    「物事全体がやり過ぎになるということはあると思う。その時、成長率の問題や景気後退や失業という妖怪が偏在するという問題が出始めるんだろうね」

    「じゃあ一体あなたは他にどんな道があると思うの?」

    「皆がその問を自問しているんじゃないのかい?」

    「はぐらかさないで、本当に知りたいの」

    「言えたらと思うけど、それは全くの不透明だよ。私はもっと多くのことを知る必要がある。むしろ糸口を掴み始める前に、もっと、もっと生きる必要がある。それでねジャスティン、私は恐いんだ、と言うのは、学べば学ぶほど興味という興味をすべて失ってしまうような気がするから」

    「あなたは物事を難しくしたいのね?」

    「ご名答」

    「魂の問題はどう? 宗教は?」

    「その二つは全く別物で、ほとんどその間に関係がない。ジャスティン、これははっきり言えるよ」

    「そうね、わかるわ。じゃあ魂についてだけ。それがこの世の問題を解決すると思う?」

    「ジャスティン、君はすごいよ。僕のことを高く評価してくれてるみたいだけど、後生だ、知らないんだよ。君と同じような普通の人間なんだ。たくさんの欲求を持っている。欲求とか疑いを」

    「彼はごく普通の男よ。そんな事柄について意見を求められると、とても困惑するの。男たちは絶対の確信を得るまでは、実際、何についても決して話すことが出来ないのよ。冗談で済ますか、黙るんだわ」

    リサはリビングに戻って来た。

    June 24, 2007

    第10章(2)

    最近、さらに数人の日本の女たちと出会った。インド人仏教僧が大阪に来た。彼の英語は、彼を招いた日本人たちが手に負えるような種類のものではなかった。そこで私が2週間、彼の旅に同伴した。インドでは、こんな仕事はただ同然でしただろう。しかし日本では、何にでもお金を払ってくれる。単に私が日本人でないというだけで彼らはお金をくれるのだと時々感じる。

    この僧は一つの寺から別の寺へ、一つの町から別の町へと旅し、私は同伴した。彼は素朴な男だった。大きな剃った頭と、微笑む目を持った育ちすぎた赤ん坊のようだった。一緒に旅行中、インドの事柄について私と討論できるのを彼は喜んだ。彼は仏陀がこの世での旅程を終えたネパール国境近く、クシナガルという所の、貧乏で低いカーストの子供達のために募金集めに来ていた。彼はその子供達のために日本から金を求めていたし、大阪のインド総領事は、ひょんなことで私が参加していた会合で、インドの無職の若者達のために産業を起こす金を日本に求めた。

    誰もが日本から金を欲しがる。他の国々は乞うのであるが、アメリカは横柄な態度で要求する。

    この催し全体が自分の個人的な楽しみのためだけに準備されたと思っている日本人の坊さん連中の長はとても強烈な男である。彼の寺にいる僧たちはいつも緊張しているように見える。彼らは夕方になり、酒がふるまわれる時を常に待ち望んでいる。

    女たちに驚嘆せずにはいられない。彼女らは、この茶番劇を何か本当に良いことのように作り上げようとしている。この強烈な坊さんを大目に見る。夕方になり酒がふるまわれるのをひたすら待つ以外何もしない坊主たち全員をも大目に見るのである。

    私の出会った2人の女たちは、それまでの6ケ月間、このインド人僧侶の訪問を成功させようと力を注いでいた。日に20時間、日本人の几帳面さで働いていた。会合、訪問、演説のすべてが抜かりなく計画され、完璧なまでに下準備された。男たちは滑稽だった。新郎のように着飾り、役に立たない孔雀のように気どって歩き回るのだ。

    しかも、この男たちは派手なだけではない。いやらしくもなるのである。私の出会った2人の女たちは十分気をつけていなければならない。彼女たちのエネルギーの90パーセントほどが、この役に立たない有力な男たちの言うことに耳を傾け、話を合わせ、彼らの前であたかも13才の初な処女のように振る舞うことに費やされる。

    彼女たちは2人とも60近いのだが、この偉い坊さんは酒を繰り返し飲んだ後、何気なく彼女らの尻をつねる。この女たちは、私が起こっていることすべてを目撃しているのに気づいている。しかし、さほど当惑しているように見えない。私は、彼女らの目の端から時々漏れてくる視線を解読することができない。その目に痛みがあるのは確かだ。リサの父親がママの頭をぶった時、その目に見たものと同じ痛み。しかし、その目には、痛みに伴って、ある種の満足、ある種の達成感もある。それが理解できない。それは私を不安にする。

    「あなたのご主人可愛いわ」

    最後の日、彼女らの1人がリサに言った。

    私が出会った2人の女たちを思い出す時、マゾヒストとか殉教者というような言葉が心に浮かぶ。しかし、実際はもっと複雑である。あの2人の女たちは、とても親切であり、とても素朴である。彼女らが分からない。

    「何故、彼女らだけでこのチャリティー活動をやれないんだ。どっちみち実際の仕事は全部彼女たちがやってるんだろ。何故、あの好色な馬鹿者や寺組織からの支持が要するんだ?」

    とリサに尋ねた。

    「単独ですると、彼女たちがあまりにも目立ってしまうでしょ。そんなこと日本では誰もしないのよ」

    と、答えた。

    「だけどリサ、そうはいってもこの2週間に会った人達の中で、クシナガルの貧しい子供達や仏陀のことに本当に興味を持っているのは、あの2人の女たちだけだったよ」

    「それは重要でないの」

    「じゃあ金銭的な支持を得るためっていうことか?」

    私は引き下がらなかった。

    「部分的にはそうだと思うけど、でももしお金があったとしても、彼女たちだけですることは考えられないでしょうね。子供の時から教わってきたことに反するのよ、きっと」

    私達は、日本海近くの山のとても高い所にある仏教僧院に一夜泊まった。それは僧たちが修練を与えられる学校のようなものである。

    少し歩くたびに「訪問者はこの先に入ることを禁ずる」というような掲示のある場所が私は好きではない。夜中にトイレに行った時、すべてが全く静かで、ほんのわずかな明かりしかない中、私は息を殺した誰かの叫びを聞いた、息を殺してはいるが、静かな夜にかなりはっきりした叫び声だった。私は空想に耽りがちだが、その叫びは、若い男の子が男色家に強姦された時に発する叫びだと、私が想像するものにまさに一致するように思えた。

    「あなたのご主人、仏教僧院を訪れた後、とても疲れているように見えたけど大丈夫かしら」

    最後の日、女たちの1人がリサに言った。

    June 21, 2007

    第10章(1)

    範子は太った。1月から11キロ増えたそうだ。あまり外出しないらしい。日に14時間眠り、食べ、そして残りの時間考える。

    彼女は考え続けている。考えに考えている。その間に東京の男があきらめて、婚約を解消することに同意した。範子の両親は、彼が結婚のために払った結納金100万円を返した。そして慣習として、もう100万を違約金として払った。私は、この罰金を、今すぐは無理にしても時間をかけて、両親に負担をかけないためにも、範子が自分で支払うべきだと提案した。東京の男は容易に承知しただろう、と私もリサも推測した。それで罪の意識が少し軽くなるだろう、と範子に言った。しかし、彼女は私達の提案にいちいち首を振って頷くが、公約したり努力を要する事柄には滅多に腰を上げない。

    範子はプリヨも同じくキャンセルした。何故だろう? 何故だかあまり分からない。彼は、ボンベイ近くのリゾート地、カダラに仕事を見つけた。そして範子に、すべてを捨てて、インドに来るよう手紙を書いてきた。結婚して、永遠に幸せに暮らそうと。だが、範子は承諾しなかった。インドに住みたくないのだ。

    「1、2年後に、彼が私に飽きたらどうするの?」

    リサに言った。

    「それに、私の家族は絶対に外国人を受け入れないわ。はっきり言ってるの」

    ある日、範子はプリヨが彼女の決断を知った後に書いた手紙を見せに来た。

    「プリヨのベンガル語はとても難解なの、読むのにリサ子さんの助けがいるの」

    と電話で言った。

    手紙は典型的な類のもので、プリヨが日本製の車に飛び込んで自殺未遂をしたことが述べられていた。

    「何て悪い人間なの、ああ私って、何て悪い人間なの」

    リサが1行読むごとに範子は大声をあげた。

    「彼女は美しい悲劇のヒロインを演じているのよ、日本のテレビドラマにあるような」

    範子が去った後すぐリサは断言した。

    「何でそんなに確信があるんだ? メロドラマを演じるにも少しばかりの脳味噌がいるんだよ」

    と尋ねた。

    「彼女はあの手紙が読めるのよ、ほかの誰もが読めるようにね。ただ見せびらかしたかっただけなのよ。自分が拒絶したために、一人の男が自殺を企てようとするなんて、明らかに宣伝したいようなことでしょう」

    「でも彼が本当に自殺を企てたと思う?」

    「それはまた別の問題。とにかく、範子は日本では何者でもなかった。インドに行った後、自分が何らかの価値を持ち得ると悟ったの。私がバングラデシュに行った時、同じ様な経験をしたわ。向こうでは決まってお姫さまか何かみたいに扱われた。それがリサ子という私自身と何も関係がないと分かるのに時間はかからなかった。あそこの人達にとって日本はある意味で地上の楽園であり、その楽園出身のものは誰でも天使なのよね。このことが範子の頭に宿ったのよ。インドに行った後、東京のサラリーマンと結婚するなんてことは、わがヒロインにとってあまりにも精彩を欠くことになってしまたのよ、きっと」

    「ワカリマシタ。でも何故プリヨまでをキャンセルしたんだ? 大いなる冒険の幸福な結末じゃないか?」

    「プリヨとの結婚は混乱を招くのよ。彼は金持ちじゃないでしょ。日本に来ればただ普通の仕事に就くだけでしょう。範子の足はもう地にに着いていないの」

    「それではスサントが正しかった。範子はずるいんだ」

    「確かにそうだわ。ただ、前は控え目でもあった。自分の限界を知ってたしね。今は何が起こるか分からないわ。あの子、なんかおかしくなっちゃった」

    リサは一度ならず、女だからという理由だけで私が範子に興味を持っているのだろうと責めた。若い女というだけで。

    「彼女が男だったら、あなたは2日で彼女との会話に退屈してくるわ」

    それは全くの誤りではない。範子と2時間ぐらい話して過ごすと、疲れてくたくたになってしまう。範子の英語の聞き取り能力は乏しく、比喩的なことは全然理解出来ない。ゆっくり話さなければならず、100回と繰り返さなければならない。しかし、私は彼女に対する興味を失わない。彼女の訪問を楽しみにさえしているのだ。

    それについて考えた。リサは正しいかもしれない。胸に二つの乳房をつけている者なら誰でも私は我慢することができる。私は臆病なだけでなく、女好きでもあるのだ。

    June 16, 2007

    第9章(2)

    事件後、私達は京都の外人ハウスに移った。暴力が私を怖じ気づかせ、麻痺させたが、貧乏だからというだけで、何も起こらなかったように振る舞い続けることは出来ない。

    リサの父親は淋しい男である。誰のためにも尻を動かすことは出来ないが、皆に好いてもらいたい。ただ父親、あるいは夫だという理由だけで、あるいは単に男だという理由だけかもしれない。男は王であり、男は地球を所有する。男たちは淋しいのだ。

    京都のこの外人ハウスには女性の管理人がいる。彼女は男のように振る舞いたがる。非常に奇妙だ。つまりなぜかというと、彼女は私が今までに出会った中で、恐らく最も美しい女と言ってもいいからである。彼女は、外人ハウスの同居人全員を少年犯罪者のように扱う。

    私は彼女の誕生日にタバコを差し出した。それくらい自分で買えると彼女は即座に言った。夕方はそれほど機嫌が悪くないが、昼の12時より前は、外人ハウスで最も勇敢な人達でさえ、彼女の行く手を横切ろうとはしない。

    どこにでも掲示がしてある。トイレの使い方について、朝の時間にVCRを使ってはいけないことについて、自転車の駐輪について、台所用品の洗い方について、すべてについて。 一度、トニーがオーストラリアにいるガールフレンドから、朝、長距離電話を受けた。即座に掲示が現れた。その夕方、電話器の上のカレンダーに、きちんと押しピンで留められたのだ。

       悪い使用者へ
       朝の11時より前には電話をかけないようあなたの友達に言いなさい。
       皆が迷惑します。この家の人達は夜遅くまで仕事します。
       誰も朝、邪魔されたくありません。

    管理人は、掲示を書くのに大変忙しい。彼女の字は、日本人の誰もがそうであるように美しいが、英語は、やはり日本人の誰もがそうであるように上手くはない。彼女は、よく誰かへの腹立ちを部屋から部屋へ押しピンで留めてゆく。台所の台の上に洗ってないグラスが残されていたとか、誰もいない居間に扇風機がつけたままになっていたとかである。

    彼女は淋しいのだ。それを知るために精神医学者になる必要はない。ジョンが、彼女は定期的に男に抱かれる必要がある、それだけさ、と言っていた。リサはそんなに単純なことじゃないと言った。しかしリサは、何を言ってよいのか分からない時はいつでも、よくこう言うのだ。

    同じような何かが、リサの父親に必要である。だが、微笑みを、顔に唾を吐きつけて返すような男をいかに愛するのか。彼の場合はもう手遅れかもしれない。

    範子は京都に住んでいる。偶然の一致である。リサは、範子が日本で私達のことを避けるだろうと言っていた。なぜなら、私達がシャンティニケタンで彼女がしたことの証人だったからである。リサは間違っていた。私達が神戸にいた時は会いに来たし、定期的に電話してきた。京都では、ほとんど毎日会った。シャンティニケタンでのように。

    範子は淋しいのだ。結婚を取り消したことは、家族に永久の紛糾を巻き起こした。そして彼女にはほかに友達があるようには思えない。私とリサだけが個人的に話すことの出来る唯一の者なのだ。それに彼女は今たくさん話す必要がある。

    日本での数ケ月間に、私はこれまでの人生で出会ったよりも多くの淋しい人間達に出会った。

    第9章(1)

    日本で出会った大半の女たちは、考える女たちである。多分、考える以外の活動はすべて他人によってコントロールされているからだが、彼女らはかなり熱心に考えに耽る。

    誰もが自分の知識を金に変えるのに忙しいか、あるいは後で金に変えられる何かを学ぶのに忙しいこの国で、これらの女たちだけが私の唯一の望みだ。何も知らず、何も学ばず、母親たちが以前したと同じことを継続している。

    私は日本で窮屈な思いをしている。空間の問題だ。トイレは狭く、椅子は小さい、自動販売機の釣り銭が出てくる小さい穴に手を入れるのに苦労する。しかしここでは女の膣が広くて深い、あるアメリカ人が請け合った。

    リサの父親がママの頭をぶった日、私は震え上がった。私は暴力が怖い。スクリーンで見るのさえ、好きではない。あの男が彼女の髪を掴み、こたつに頭を打ちつけた時、私は恐怖のあまり麻痺した。私は暴力に反対だ。暴力が怖いのだ。そして時折、現場に居合わせると私の本能は逃げろという。意気地がないのだ。弱い者をかばいたいのだが、すっかり私は無力になって、本能的に暴力の現場から出来るだけはなれようとする。この場合、私は急いで立ち上がり台所に逃げた。

    リサの父親は野蛮な人間である。25年間彼を食べさせてきた50才の女をぶつことが出来るのだ。神経質な、やせ衰えた男である。ただ私が怒って怒鳴るだけで崩れてしまうだろう。しかし、私は行動しない。麻痺してしまうのだ。怖いのだ。暴力が私をびりびりに怖がらせるのだ。

    これまでの生涯ずっと、自分のこの意気地のなさを恥じてきた。それをうまく隠すために出来る限り暴力の現場を避けた。道や汽車で乱闘を見ると、いつでも軽蔑の目を向け、背を向けた。私が恐がっていることは自分だけが知っている。学校の時でも、喧嘩することが出来なかった。私より小さな少年が私を殴り、殴り返すよう挑まれても、出来なかった。

    こんな現場では私の臆病さが暴露される。知識も、知性も役にたたない。何が必要であるかというと、誰かが、娘婿の目の前で50才の妻をぶったこの痩せた神経症の男の首を掴み、思う存分揺さぶることである。しかし、そういったことは何もせずに、急いで立ち上がり台所に移動したのだ。

    かくして、現場には三人の女たち、私、リサと、涙を出さずに叫んでいるママ、そして一人の男がいる。痩せて、神経質での人生に何も残されていない中年男。暴力をつてに人生の藁にしがみついている男。使用済みのティシューほどにも役に立たない男。彼は、人間の大昔からの処方である暴力を手段に生き延びようとしている。

    私は暴力の起源について、すばらしい小論を書くことが出来る。すれて糸の見えるまで分析することが出来るが、それが起こるとどうにも出来ない。麻痺してしまうのだ。

    この事件が、私の眼鏡に新しいレンズを付けた。今は日本のあらゆるところに、抑制された怒りだけを見る。電車で毒々しいコミックを読んでいるサラリーマン達。中には黄緑がかったスーツを着ている者もいる。何という色! そして黄色いネクタイを締める。

    June 08, 2007

    第8章(2)

    リサは、今朝、範子から手紙を受け取った。範子は2週間前日本に帰り、私達みんなが首を長くして彼女からの近況報告を待っていたのだ。範子のことでは意見が完全に真っ二つに分かれた。半分は、範子が大阪国際空港で飛行機から降りて2分と経たないうちに、プリヨもシャンティニケタンも忘れてしまうだろうと主張し、残りの半分は、この可愛らしいカップルが結婚して残りの人生を幸福に暮らすのは必至だと信じていた。

    手紙は少し期待外れだった。日本に着いたあとすぐ、1月20日の結婚式の予定をキャンセルすると家族に宣言した、と範子は書いた。手紙には、この宣言に対しての父の反応、そして母の反応、そして姉の反応、そして兄の反応について長々と記述されていた。これらの反応は皆が予期していたことなので、その部分を飛ばして、先を読むようにリサに言った。一番興味ある反応は、この手紙を範子が書くほんの1日前に受け取ったばかりだという東京のサラリーマンのそれであった。

    手紙によると、範子が結婚をキャンセルしたいと知ってから、この男は彼女の両親に電話で次のように言ったらしい。「少し考える時間をあげてください。混乱してストレスがあるようです。1月20日の式はキャンセルして、彼女が回復するまで待ちましょう」

    それで、範子は再びジレンマに陥ったと書いてあった。それほど寛大で成熟した男を見捨てることも出来ないし、かといって、あれほど愛したプリヨを忘れることも出来ない。人生は地獄だと書いた。身近にいる者達をとひどく苦しめたことで自己嫌悪に陥った、自殺という考えが、今現在、彼女の心を離れないでいると書いてあった。

    「範子は文才があるわ。彼女がこんなに上手に書けるなんて思ってなかった」

    最後の行を読み終えた後、リサが批評した。

    「愛は凡人をも作家にすることが出来る」

    とスンヌが言った。

    「けど、公に結婚を取り消したいと言った後で、またどうやってその男と結婚することが考えられるんだ?」

    スサントは首をかしげた。

    「それにその男は、彼女がインドでしたことを知った後で、どうやって結婚したいと思えるんだ?」

    「彼女、プリヨのことは、誰にも言っていないの。ただ結婚したくないと言っているだけなの。それで家族が理解に苦しんでいるのよ」

    リサは説明を加えた。

    「その部分、読まなかったよ」

    「日本語から英語に訳すのは時間がかかるの。みんなすごく急いでいるんだもの」

    「だけど、今彼女にはいついつまでにこれを決めなきゃならないっていう期限はなくなったのね。そんな状況で何か決断するっていうのは、とても難しいことよ」

    私は規子ジュニアに感心する。英語のアクセントはひどいものだが、頭は明晰だ。

    「しかし、東京の男の身にもなってみろよ。そんなショックに耐えるのは簡単なことじゃない。彼に同情せずにはいられないよ」

    スサントは感じやすい。

    「範子のような女たちは人にショックを与えるだけさ、それが彼女らの運命なんだ」

    私はきっとやってくるに違いないリサの反応を扇動するようにこう言った。

    「あなたはこんな成りゆきの中で彼女自身、一生懸命我慢して、ストレスに耐えているってことが理解出来ないのよ」

    「自業自得だろ」

    「あなたにかかったら人生なんて単純なものなのね」

    June 04, 2007

    第8章(1)

    シャンティニケタンには新しい家が多すぎる。私は新しい家は好きではない。最新の建築や外装はまったく興味をそそらない。人が住み、料理し、洗濯し、愛し合い、そして子供ができて、喧嘩をし、病んで死ぬと、家は美しく見え始める。新しい家は、ショーウインドーに吊るされているドレスのようなものだ。少なくとも私には、誰かがそれを着てみるまで、どんなに良い服なのか決して分からない。

    こうしたシャンティニケタンの新しい家々はいつも閉め切られている。持ち主たちはクリスマス休暇になるとカルカッタからやって来るのだとアショクが言った。

    一人の老人が、私達の住んでいる小道にある新しい家の建設を監督している。日に何度も、その建築現場を通るので、よく挨拶や冗談を交わす。

    「シャンティニケタンは嫌いだ。地上でいちばん退屈な場所だ」

    ある日、この男は愚痴をこぼした。

    「ひどいもんだ。こんな穴にいては質のまともなパンさえ手に入らない」

    と言った。

    おもしろい。何ケ月も過ごしている間、少なくとも日に10回以上は、シャンティニケタンがどれほど素晴らしいか、ということをいやでも耳にしなければならなかったが、誰かがひどい所だと思っているのを知って気分が新たになった。

    パンのことでは、全く同感である。

    「パンだけじゃない、この場所に一体何があるんだ? 新聞は昼食時まで来ないし、まともなレストランだってほとんどない。皆どうやって生活しているのか想像できん。それに、日中ほとんど道に人気がない」

    言いたいことは分かる。ここ、アンドリゥースパリは、大学の建物のガヤガヤから少し離れてかなり静かである。

    彼はカルカッタ出身の退職した鉄道員だった。カリフォルニアの大学で教授をしている彼の娘が、私達の小道のこの見苦しい構造物の注文主だった。彼女は年の始めにやって来て、この計画を彼に託したのである。かわいそうな老父はセメントを買い、怠けることと不正直なことにかけては世界中で苦もなく一番になれるであろうこの労働者達を監視するという厄介に直面させられている。

    「家内はそんなことに興味を持っておったな」

    私がラビンドラ サンギート(タゴール・ソング)に興味があるかどうか尋ねた時言った。

    「わしは仕事というものを信じる。38年鉄道に奉公して、いいかね、だんな、たった一日の病欠もないんだ。ここの人達は働きたくない。だけど誰かが働かなくてはならんだろう? 誰かが水を供給しなければならないし、発電所を動かさなければならない。そうであって初めてここの人達が一日中歌ったり、踊ったり、絵を描いたりできるんだ」

    「サンタル族の人たちは、池から自分達の水をとり、電気も必要ないようですよ」

    不本意ながら言った。

    「それならサンタル族のように住みなされ。それに異議はない。私の娘は、この家を『サンニャース(捨離)』と呼びたいそうだ。サフランっぽい色(出家を象徴するオレンジ色)で塗るように頼んできた。いいかね、だんな、100万ルピーも使って家を建て、それを『捨離』と名付けたいんだよ」

    「恐らく彼女はここに住みに来る時、アメリカを捨てるという意味なんでしょう」

    「すべて無意味だ。アメリカに行った者は誰も帰って来たことがない。皆帰ってきたいんだが、永遠に延ばし続けるんだ」

    May 27, 2007

    第7章(2)

    アムハースト通りに住む私の友達、バブール・センはビジュアル偏向だ。彼は映画通である。ゴダールやバーグマンについて何でも知っている。私にはハリウッド系のものしかわからない。バブールはいつも忙しく、彼のオフィスには私のような体の大きなものが入るスペースがない。動けば必ず何かをひっくり返す。例えば、本や、スケッチブックや、電話など特にいつも不安定な場所に置いてあるもの。バブールはいつも非常に忙しいが、私をオフィスに座らせ話させたがる。

    「手と耳とは別々さ、それらは独立して働けるのさ」

    と、いつも言っている。本当なのだ。彼の細くて長い白い指は、話している間休みなく働く。割り付けをしるし、字を張り付け、写真やら判を固定する。はさみやカッターナイフを驚くほど器用に使う。決して間違わない。消しゴムを使うのを一度も見たことがない。実に訓練されていて、しかも創造性がある。アムハースト通りにある彼の小さなオフィスを訪れると、毎回仕事を見せてくれる。猫を鉛筆でスケッチしたものは素晴らしかった。私が見たことのある猫に酷似していた。

    しかしながら、バブールが作るどんなポスター作品よりも、彼自身の方が視覚的にずっと強く打つものがある。彼には何かエーテル的なところがある。体のない頭のようだ。身長150センチ足らずで、体重は40キロを超えることはないと思う。その半分近くは、ふさふさした長い黒髪でぜいたくに覆われている大きな頭の重さに違いない。バブールの目はかすかに青い。リサが指摘するまでは気が付かなかったが、今はよくわかる。バブールにはひげもある。といっても、ひげは髪の毛ほど特別ではない、ただまばらに生えているだけだから。

    午後7時過ぎにオフィスを閉め、私がカルカッタに泊まる夜は一緒に散歩に出かける。散歩といっても話を続ける言い訳に過ぎないのだが、一度仕事を止めると、本や写真材料でいっぱいの手狭なオフィスに座っていたくないのだ。

    バブールはビジュアル偏向で、金銭的に保障される日が来たら絵を描きたいらしい。自分のためだけに描く絵。

    バブールはビジュアル偏向だが、私とは本や、時には作家についてだけ話す。いや、考えてみると、本よりもむしろ作家について。ジョイスの作品を読んだことがあるかどうか分からないが、彼のアイルランドやフランスでの生活、彼が一緒に寝た女たちについては確かによく知っている。

    「文学は真実や美と何の関わりもない。それはただ言語と関わり合いがあるだけだ。それをよく覚えておいたほうがいいよ」

    パトゥアトラの小道へと渡りながらバブールは言った。

    口には出さないが、彼は私が道でぴちぴちしたベンガルの生娘たちに目を奪われて、話しに不注意になるといつでもいらいらする。どうしようもない。この辺の女はかなり早熟である。私のような誰かが見ているのに気が付くと、すぐに服やハンドバッグをいじり始める。さらに、私は恥ずかしげもなく振り返って彼女たちの後ろ姿を見たりもする。

    バブールの女への態度が理解できない。それについて彼の兄に一度尋ねてみた。

    「あれが落ち着いて金銭的に保障されるようになったら、結婚させるつもりだ」

    ばかばかしい! バブールは2、3年とるか加えるかするだけでほとんど私の歳である。少なくとも、間違いなく35以上だ。彼の小さくて窮屈なオフィスに座って想像できることは、彼が1ケ月に1万ルピーぐらいは軽く稼いでいるということなのだ。インドの大都市の中で最も物価が安いカルカッタでは、決して小さな金額ではない。

    バブールが女と寝たことがあるかどうか知りたくてたまらない。しかし、ベンガル分割の歴史とかムルシダバードにある記念碑についてドキュメンタリーを作る可能性とか、サルバドール・ダリの奇妙な想像力とかについて私たちが絶えず討論しているときに、とてもそんな質問はできない。

    バブールは夜型人間である。毎日午前2時までは寝ない。そして、朝は10時頃にようやく目覚める。午後10時頃カレッジ広場のシャッターが下ろされ、交通が徐々に下火になると、バブールの会話に熱が入ってくる。彼がリラックスして興奮する時、つまり彼はだいたい、時間が遅くなって車の騒音が徐々に静かになり、歩行者の数が減ってくるとリラックスし、自分が当を得た発言をしていると思うと興奮するのだが、そんな時、彼のどもりが完全に消える。彼は自分のどもりを恥ずかしがってはおらず、一日中話しに話すのだが、言葉につまらないでしゃべるのを聞くのは気が楽である。あるいは、毎夕9時以後かそこらに、見すぼらしい、ペンキを塗ってないビルに降りてくる独特のムードにも、私の心は捉えられているのかもしれない。

    カレッジ広場をアムハースト通りと繋いでいる道に小さなカフェがある。数ケ月前初めてそのカフェに行った時、いつかそれについて書くだろうと思った。実際には、分厚い壁に開いた深い穴以上の何ものでもない。入口がもっと小さければ洞穴のようだろう。紅茶とビスケットだけが注文でき、新聞がバラバラにされているので、皆が同時に1ページずつ読むことが出来る。

    サラトチャンドラ・チャタルジーも、かつてここに来ていたのだと、バブールは私たちがそこに行くたびに思い起こさせる。私は10年程まえ、パリに一週間いたことがある。モンマルトル地区を2、3回訪問したが、何の魔力も感じなかった。恐らくもう新しい建物の下に埋もれてしまっているのだろう。それとも10年前の私にその魔力を掴む素地がなかったのだろうか。バブールの話す量がもう少し減ってくれればと時々思う。しかしそれはそんなに大きな問題ではない。この時間は彼がリラックスして、生き生きしており、どもることなく話しているので、私の返答をあまり気にかけないのだ。そのあいだ私はカフェの削られた壁を見つめることができ、それらが人生について何か教えてくれるかどうか分かるまで待つことが出来る。

    人生は今まで私に2、3の試練を与えた。さあ、これから更にいくつ来るのかということが問題だ。

    バブールは決して間食をとらない。聖人である。酒も飲まないし、タバコも吸わない。また、私達はとても親しいけれど、彼は決して私の悪徳を批評したりしない。私の欠点のほかには何も考えることがない私の母とは似ても似つかない。

    バブールは有名になりたいのだろか? 否と彼は言うが、そのわりにはいつも有名人について話している。彼は茶を運んでくる2人の少年などには注意を払わない。この子たちは、頼めば近くの屋台から焼めしなど運んで来てくれたりもする。バブールはアルジェリアでのカミュの生活について話すのに忙しい。2人の少年は、とても陽気で、けっこう肉付きがいい。2人はバブールと私が連れ同士であるのをとても面白がっている。

    May 21, 2007

    第7章(1)

    カルカッタでは、日中、タクシーやバスを探さないようになった。「ヴィシュヴァ・バーラティ・エクスプレス」(シャンティニケタンのボルプール駅・カルカッタのハウラー駅間を往復する列車)でボルプール駅から、ハウラー駅まで4時間近い旅をした後、ハウラー橋を歩いて渡り、アムハースト通りまで徒歩で行けるということがわかったからだ。あまり神経をすり減らさずに済むし、ほんの1時間かそこらで着く。東に行くことで私は随分たくましくなった。

    そしてハリソン通りを下って行くのには独特の楽しさもある。もし、腐った野菜の悪臭や、囲いのない小便所がさほど嫌でなく、絶え間なく人にぶち当たられたり、押されたりすることや、高山にいる時のように酸素の薄い空気を気にしないなら、の話だが。それでも、ミニバスのオーブンで焼かれているより、かなりましなのである。一度など、ハウラーから橋を横切ってチットプールにたどり着くのにそのバスで1時間半かかり、少なくとも2キロは汗で失った。

    カルカッタには、70年代にボンベイから仕事の旅で初めて来た。その頃私は営業部の管理職だった。その旅で童貞を失った、それは、中央通りとハリソン通りが交わる近くの路地にある3階建てビルの中のどこかであった。今でも彼女の名前を覚えている。コビタだった。肉付きが良く、色白でとても親切だったことを覚えている。

    その後、何度もカルカッタに来たが、二度とコビタの所へは行かなかった。私は感傷的なタイプではない。

    数年後、カルカッタ出身(正確にはボワニプール出身)の女と結婚した。3年間一緒に暮らし、最初に女の子、そして男の子が生まれた。その後、6年間この同じカルカッタで、正確にはアリポールの裁判所だが、悲惨な離婚訴訟を戦った。

    昨年再びここに来た。カレッジ通りの出版社が、アメリカの妹の家で書いた私の短編の印刷を承諾したのだ。全く外出せず、妹の家に居座って書くだけ。私の主治医以外はみんな、私がもう良くなった、もう気がふれていない、と言おうとした。しかし、私は誰も信じることができなかった。

    カルカッタは不思議な所で、誰もが母親を亡くした子供のように私を扱う。大半の人々が一生に一度もフグリー川(カルカッタを流れる大きな川)さえ越えたことがないのに、私に対して何についてでも気軽にアドバイスする。いかにして書くか、いかにして無駄を省くか、などなど。

    例えば、写真タイプ植字機に私の短編を打ち込んでいるのはアジットさんで、この紳士は、趣味でホメオパシー医をやっている。私が酒をやめたと言ったら、その反対のことを強く意見した。「急にやめてはいけない、便秘を促進するから。便秘は、とても危険なのだ」と言う。

    May 17, 2007

    第6章(2)

    ラームじいさんは非常に賢い男である。初めて彼からタバコを一箱買った時、ジョティ ボス(政治家)は馬鹿だと彼は言った。彼はまた、ネルーの部下たちがシャマパド ムケルジー(おなじく政治家)に毒を食べさせて暗殺したとも言った。ラームじいさんはそんなことを知っている。1931年にガンジーがヴァルドマン(シャンティニケタンの近く)に来た時、彼はガンジーも見た。

    アショク食堂に着いた時、何か不穏なことが起こっていた。アショク パルの3人の子供全員が、雌牛の近くに一列に立っていた。彼らはびっくりして正気を失っているようだった。ラームじいさんは食堂横の彼のタバコ屋の中にいなかった。長いベンチが一つ、地面にひっくり返されていた。よく実の付いたバナナの房も、血の付いた竹竿のわきの地面に横たわっていた。

    「パレーシュ!パレーシュ!」

    びっくりして正気を失っているようにみえる3人の子供以外に誰も見えないので、私は大声で呼んだ。普通なら、この時間は少なくとも10人以上の学生がここで昼食をとっており、アショクと、彼の妻と、アショクの助手パレーシュは、料理に、給仕に、皿洗いに、そして政治論議に忙しくしている。そしてラームじいさんのラジオか、彼のおしゃべりのどちらかが聞こえているはずだ。

    今日はそれが全くひっそりしていた。

    「パレーシュはどこ?」

    と一番上の子に尋ねた。

    「逃げた」

    と一番下の子が答えた。

    「逃げた? 何故? どこへ?」

    その時、3人の子供全員が同時に話し始めた。私の方に来て、自転車の周りに集まった。一番下のが、いつもするように素早く荷台にのぼった。

    「一度に一人ずつ、そしてゆっくり言いなさい」

    「パレーシュがこの竹竿でおばあちゃんの頭をぶった。おばあちゃんの頭が割れた。そんで父ちゃんたちが病院に連れて行った。パレーシュは逃げてちゃった、もしおばあちゃんが死んだら、警察に捕まえられて、牢屋に入れられるから」

    アロープは利口な子である、話に筋を通すことが出来る。

    「でも、どうしてパレーシュがおばあちゃんをぶったんだ? あいつとてもおとなしい奴じゃないか」

    「おばあちゃんが、母ちゃんに大きな石を投げた。それでパレーシュがぶったんだ」

    アショクの妻と母親があまりうまくいってないことは知っていたが、なぐりあいとは思ってもみなかった。それにパレーシュ! タゴールの詩に述べられているやさしい少女の誰よりも穏やかなパレーシュが、70才の老女の頭を強くぶって、今にも死なせんばかりにすることが出来る。

    人は人間の本性について何も知らないと感ずる時がある。これは、確かにその一つである。

    子供達からもっと詳しいことを聞こうとしていた時、ラームじいさんが角を回ってのっそりやって来た。

    「ダドゥ、おはよう」

    いつもと変わらず元気よく挨拶した。私は彼の息子のアショクより若いけれど、彼と同じ地位を意味するために私をダドゥ(「じいさん」の意味)で呼びたいのだ。

    「ラームじいさん、ここで何が起こっていたんです?」

    「あー、別になにも。女はこの世のすべてのもめごとの原因だって昨日言わなかったかな? 例えば、ママタ バナルジー(有名な舞踊家)」

    「ママタ バナルジーは忘れて。奥さん、ひどく怪我してるんですか。あなた今病院からの帰りなんですか?」

    ラームじいさんは例の歯のない微笑みを見せた。彼の写真を撮ったことがある。微笑むとガンジーによく似ている。

    「ダドゥ、わしはあんたがわしの奥さんと呼ぶ女に、この30年一言も口をきいてない。なんで病院に会いに行くべきなのかね? わしが病院に行く時は死ぬ時だけ。その外は決して病院に行かない。息子や嫁、あるいはあんたが奥さんと呼ぶあの年老いた魔女のような腹黒い奴らのことを心配して時間を無駄にしなさるな。これまでにもう十分もめごとを起こしてもらったから、彼らのことを1秒でも考えて残りの人生を無駄にしたくないんだよ。あんたはいい人だ。小説家だ。あんたに女について警告したけど、あんたは弱かった。あの日本人に抵抗出来なかった。初めてあんた達2人が一緒にいるのを見た時、2人がチャウライ(密造酒)を飲みにサンタル(土着の民)の家に行った時、ああダドゥは罠にかかった、と思ったね」

    「あなたはリサが好きではない。でもラームじいさん、彼女は大丈夫ですよ」

    「はじめは、みんな大丈夫なんだ。男の周りを可愛く走りまわり、男がしたいことは何でもしてくれる。ゆっくりと牙をむくんだ。とにかく女のことは忘れるとしよう。新聞をみたかね。東ベンガルが2ゴールの差で負けた、1ゴールではなくて2ゴールだ。いまいましい馬鹿者だ。彼らは練習などしたくない。映画スターと過ごしたいのだ。映画スターと過ごしたいのならサッカーはできない」

    パレーシュのことが心配になったけれど、東ベンガルが1ゴールではなく、2ゴールの差で負けた詳細を聞くまでは動けなかった。

    May 11, 2007

    第6章(1)

    朝の早い時間、私は夢にうなされていた。前の日の夕方、ツーリストロッジのレストランで食べたチキンカレーが悪かったに違いない。濃厚で油っぽいパンジャーブ風の料理が私は大嫌いなのだ。リサはむしろそれを好んで食べる。日本では、インド料理といえば、この種類しか食べられないのだ。

    プリヨがカルカッタのチョウロンギー通りを裸で走っており、その後をビジネススーツを着た日本人のグループが、タクシーで追いかけているという夢を見た。突然シーンが変わり、範子がナッティアガルのステージで、キャサリンの父親と踊っているのを見た。奇妙なことに、私はそのステージのそでで学生服を着て漢字を練習しており、その間チットラディが、なぜ海外に住みたいかという理由を金切り声で私に話していた。

    ラビンドラ・サンギート(タゴールが作った歌)がビートと混ざり合った音楽が聞こえ、そのビートに合わせ、目方のあるキャサリンの父親は首を突き出したり体を曲げたりしていた。そして私が無意識にラジオのスイッチに腕を伸ばしたので、今さっき椅子にリサが置いたマグカップをひっくり返した。

    「夢で誰としゃべっていたの?」

    蚊帳から出た時、リサが尋ねた。

    「チットラディだと思うよ」

    「嘘つかないで。漢字の書き順について何か言ってたから、ルパに違いないわ。だけど変な人ね、夢の中でさえ彼女と勉強しかしていないなんて。ロマンチックじゃないわねえ」

    私は肩をすくめて浴室の方へ向かった。リサがルパのことをそんなに気にしないでくれたらと思う。

    「日本人のグループが、カルカッタでプリヨ狩りをやっている夢を見たよ」

    紅茶をすすりながら言った。

    「面白いわ。あなたはもう彼が被害者だと思っているのね。範子は彼に大金を使っているの。それ知ってる?」

    「洋服や何かを買って?」

    「プレゼントだけじゃなくて、旅行やホテルの宿泊など全部よ。彼にはほとんど持ち金がないの」

    「ホテルなんかどうやっているんだい。インドでは結婚していない男と女は、一つ部屋に簡単には泊まれないよ」

    「そうなの、範子はそのことを言っていたわ。プリーではそれで困ったって。結局そのときは、別々の部屋をとらなければならなかったようだわ。範子を知ってるでしょ、1パイサでも余分にお金を使わなければならないとしたら、あの子くやしくて何週間も眠れないのよ」

    「彼女、君から金を借りたいのか?」

    「そうじゃないと思うわ。日本人は友達からあまりお金を借りないの。少なくともインド人がするように気軽にはね」

    「だけど彼女たちは交際相手の旅費を払うのは嫌がらない、ベッドでの彼のサービスが満足いくものならね」

    「何が言いたいの?」

    「何も。ただ僕が売春宿を訪問するのと、範子がしていることは、大した違いがないということ以外はね」

    「あなたは範子にフィアンセがいることを忘れている。セックスは彼女がほしい時、いつでも出来たのよ」

    「東京のその男は女の喜ばせ方を知らないのかもしれない」

    「そして、まだ母親のパッルー(※サリーの端。背中に垂らす部分)で顔を拭いている20才のベルガル坊やはそれを知っていると言うの?」

    「かもしれない。それとも、範子が教えているのかもしれない。誰かに手ほどきするのは、実に面白いことだろうからね」

    「なんていやらしい考え方。範子がプリヨと一番楽しんでいること何か知っている? 例えば、バスの屋根に乗って移動したりすること。バスがスピードを上げて、でこぼこ道をとばす時、彼女はものすごく興奮する。そういうのが日本では絶対望むことが出来なかった何かなのよ。彼女は新しい自由を見つけたの、信じてよ」

    私は納得しなかったし、夢のことも面白くなかったので、ラームじいさんを訪ねることにした。

    May 05, 2007

    第5章

    11月は何度もカルカッタに行った。1人の時もあり、リサと一緒の時もあった。スサントは、このカルカッタ行きが続いたことで気を悪くした。

    「なんでカルカッタへ?」

    いつも不満そうに尋ねた。奴は、私が何もせずに彼の店で過ごすことにすっかり慣れてしまっていたのだ。

    「カルカッタに愛人がいるんだ」

    一度そう言ってみた。

    「知ってたさ。カルカッタのどの辺? カレッジ通り?」

    「たわけた質問はやめて、ションデーシュ(ベンガル地方の有名なミルク菓子)をもう一つくれよ」

    「この頃いつも機嫌が悪いね。カルカッタの汚染された空気のせいだよ。シャンティニケタンでもっと過ごすべきだ。先週、僕とキャサリン、佐代、規子ジュニア(のり子が二人いるので、それぞれ「範子シニア」、「規子ジュニア」と呼んでいる。年令とは関係ないが、背の高さでだろう)、ウットムとほか数人がコンカリタラに行った。すごく面白かった。あんたも来てたら楽しめたのに」

    「その旅のことは全部知っているよ。おまえはターリーを飲み過ぎて、一糸まとわず池に飛び込んだ」

    「それは嘘だよ。オレは酒を飲んだことないし。みんな池で水浴びしたのさ」

    「そう、だけど君だけがパンツをつけてなかった」

    「ちがうよ。だれがそんなこと言うんだ。佐代に違いない。彼女は、オレと規子ジュニアが仲良くしてるのが面白くないんだ」

    「規子ジュニアが言ったよ」

    「ありえない、文房具屋で絵の具を買うにも困るほど、彼女の英語はひどいんだ」

    「彼女がリサに言って、リサが私に言ったんだよ」

    「それはひどい。実際何が起こったのか、自分で言った方がよさそうだ。オレはガムチャをつけて池に入って行った。キャサリンがそれを腰からひきとって、岸へ泳いでしまったんだ。何度も叫んだけど返してくれなかったから、何もつけないで水から出なければならなかった。あの日からキャサリンと口をきくのをやめているんだ」

    「その前にみんなでターリーをどのくらい飲んだんだ?」

    「飲まないって言っただろ。キャサリンはその日、少なくとも大瓶6本は空けてるに違いないけど」

    「スサント、あんたは大嘘つきね」

    当のキャサリンが自転車を止めて入って来た。歳は30でドイツ人。彼女とスサントはすごくいい友達だ。私自身とキャサリンとの関係は、最初あまりしっくりしなかった。しかし、リサと落ち着いてからは、お互いあまり緊張しないで付き合えるようになった。最初ひと悶着あったとき彼女が言ったことは、私が肉体的欲求をもっとうまくコントロールすれば、もっと人生を楽しむことが出来るだろうということだった。

    「スサントの馬鹿が、あの可愛い日本の女の子と結婚したいってこと知ってる? 恋しちゃったのよ。こん畜生、スサント、どうして私と結婚しないのよ? 2年以上もあんたの店で、あんたが茶だと主張するひどい液体を飲んでいるのに、私に恋しないんだから」

    キャサリンは彼女の故国の大半の女と異なり、きゃしゃな体つきであるが、大砲のような声を持つ。五百メートル離れていても聞こえる。

    「いや、結婚はしない、友情だけでいい」

    「何故?何故結婚しないの?」

    「30までは結婚しない。結婚までは女の子はいらない。ただ友情だけ、それがオレのルールだ」

    「スサントはブラフマチャリヤ(※四住期のうちの「学生期」。禁欲して学ぶ期間をいう)なんだよ」

    私はキャサリンに説明するつもりで言った。

    「だけどブラフマチャリヤは25になるまでだけで、スサントはもう26じゃない。スサント、毎晩寝る前に何をするの? 他の男の子たちと同じようにあんたも息子と遊ぶんでしょう。そうじゃないの?」

    男2人が仲間の女から何か下品なことを言われて、ばつが悪くなることはあまりない。しかし起こりうるのだ、インド人の男2人対、古代インドの思想などに詳しい西洋人の女1人の場合。

    「結婚してからタバコを勧めてくれなくなったわね」

    ベンチに落ち着いた後、キャサリンが私に言った。スサントは別の客で忙しくなった。

    「よく言うよ。昨日、禁煙中だからと言って僕のタバコを断っただろ」

    「だから嫌なのよ男って。誰かが前にこう言ったとか、こうしたとかいうことをいつも思い出させる」

    「愚かだね、同意するよ」

    「ほんとにばかばかしい。木の方がましよ。毎朝新しい地平で出会うもの」

    「最近、木をたくさん描いてるの?」

    「描かないわ、彫刻家だもの」

    「ごめん、いつも忘れる」

    「あなたは小説家じゃないの?」

    「まあね」

    「何を書くの?」

    「物語、大半はね」

    「何についてなの?」

    「いろんなこと。時には木についても書くけど、大体、人間についてだね」

    「セックスは?」

    「それも」

    「マスターベーションのための空想物語は?」

    「とりたててじゃないけど、材料が手に入れば書けるよ」

    「お利口ぶらないで、あなた自身のこと言っているの」

    「キャサリン、保証できるが僕のはあまり面白いとはいえないよ」

    「話して、あなたの日本人の妻はどうなの? あなた、前にも結婚してたでしょう?」

    「そうだよ」

    「子供は?」

    「いたよ、二人、男の子と女の子」

    「どこにいるの? 彼らの母親と一緒?」

    「そうだよ」

    「父がドイツから2週間ここにやって来るの。かわいそうに、この頃とても淋しいのよ」

    私は黙っていた。

    「母は、淫らな女なのよ。3年前、別の男と一緒になるために父を置き去りにしたの。その時、父はすでに55だった。長い間母と一緒に暮らした家から離れることだけが目的でハノーバーを去り、ボンに仕事を見付けた。だけど全く内にこもっちゃっておまけに心臓を悪くしてるの。母が結局一緒に去ったその男、実は家族みんなが知ってる人だったのよ。数年前の父の誕生パーティーに母が彼を家に呼んだの、信じられる? 自分の愛人を夫の誕生日に招待するなんて? だけどそういうことをしたの、あの女。父は、何百回とあの男を愛しているのか尋ねたけど、いつもそうじゃないと言ったわ。そして最後に離婚を求めた。もっと早いうちに父にそう話してあげればよかったのにね。かわいそうに」

    「女は時として変になるからな」

    反応が期待されているのが分かったので言った。

    「全部の女がそうじゃないわ。一般化しないで。彼女だけよ。畜生女」

    その時、スサントの店に入って来た二人の男が私に挨拶した。ボルプールの銀行で働いている奴らだ。シャンティニケタンに来た後すぐ私は彼らと知り合いになった。ボルプールのレストランで2週間ほど毎日昼食を共にしたのだ。一人はシーク教徒で、もう一人はオリッサ出身である。2人とも独身で、かなりのスケベだ。オリッサ出身の男は40になろうとしているが、女の子を紹介してくれるようにと何週間も私に迫ってきている。女の子なら誰でも。注文はない。長い間避けていたら、上玉の女の子たちを私が全部独り占めしようとしていると、一度などはほとんど非難せんばかりだった。これは最良の機会だった。急いでキャサリンを紹介したが、慌てて彼らの名前を入れ違えてしまった。しかし、2人とも気を悪くしなかった。キャサリンは、実際かなり綺麗なので彼らは喜んだ。

    「どこへ行くの?」

    私が立ち上がったのでキャサリンが尋ねた時、オリッサ出身の男は彼女に名刺を渡すところだった。

    「いっとくが僕はいま結婚しているんだよ。家で妻が待っている」

    「それは言い訳にならないわ。父がここに来たら、あなたの所に連れて行ってもいいか知りたいの」

    「是非どうぞ。会えるのを楽しみにしているよ」

    「それじゃ、さよなら。またね」

    キャサリンが、差し出された名刺を見ないで去るのを目にして心が痛んだ。

    主な登場人物

    前回の更新からずいぶん間があいてしまったので、ここで一度、これまでの主な登場人物などを紹介しておくことにする。

    シャンティニケタン:
    インドのベンガル地方、カルカッタ(現コルカタ)から北へ200キロほど行ったところにある場所。詩人タゴールが創設した「ヴィシュヴァ・バーラティ」という学校があるので有名。世界各地から学生が集まる国際色豊かな学校である。学園内には、インド土着の少数民族、サンタル族の集落が点在する。

    私:
    自称小説家の中年男。インド人だがベンガル地方の出身ではない。中国に取材に行く準備として、数ヶ月前からシャンティニケタンに滞在、この大学のルパという美しい女子学生から中国語を習っていた。リサと出会い、中国語学習は頓挫。リサと結婚する。

    範子:
    20代半ばの日本人留学生。ベンガル語の短期コースに所属。日本人と婚約しており、まもなく日本で式を挙げる予定だが、なぜかその前にシャンティニケタンに留学してきている。来てまもなく、リサと親しくなる。

    リサ:
    20代半ばの日本人留学生。範子と同じく、ベンガル語を勉強しに来ている。来てまもなく「私」と知り合い、意気投合して一緒に暮らし始める。現地の役所に届け出て、正式に結婚。

    スサント:
    「私」やリサが毎日のように通う茶店の主人。20代半ばのベンガル人。外国人好きで、彼の店は留学生の溜まり場になっている。

    プリヨ:
    スサントと同じ年頃の若いベンガル人男性。シャンティニケタンにある高級ホテルのボーイをしている。範子に近づき、恋仲に。日本人と婚約中の範子に罪の意識を抱かせる原因となっている。

    ルパ:
    美しいベンガル人女学生。中国語を専攻している。当初、「私」に中国語を教えていた。彼女の母親チットラディは、この大学の日本語教師。

    February 21, 2007

    第4章(3)

    この霧は面白い。シャンティニケタンに来る前、シムラ(※ヒマラヤ近くの町)の山で霧が上って行くのを見たことがある。しかし、ここは平地が広がる所なのだ。小高い丘さえ見えない。ところが九月以来、毎夕、小さな球の形をした白い煙が、小川や池、そして木々の群から立ち上っているのを見ている。そして少なくとも、夜遅くなるまでは風景を完全に包みこんでしまわない。そのかわり、細い煙の線となってあちらこちらから上り、風と共に折れ曲がりカーブを描く。実に奇妙で、場所全体を非現実的なものに見せる。

    シャンティニケタンには、6月の1週目に来た。気温はその頃、34度と44度の間を移動していた。午後の暑さで誰も動こうとしないので通りには人気がなかった。いたるところ埃だらけで、木々は生気を失ない、みすぼらしく見えた。知り合いもなく、涼しい場所を探して一人で動き回ったものだった。大学は休みで、清涼飲料店も日中は閉まっていた。誰もが雨を待ち望んでいた。

    その頃、何故ラビンドラナート タゴールが、有名な教育的実験を始める場所に、こんな生気のない所を選んだのだろうと何度も自問した。彼の詩に描かれたあのシャンティニケタンは、一体どこにあるのだろうと。次のような結論さえ下した、タゴールがこの場所を選んだのは、ある金持ちのパトロンがただでくれたからであり、選んだからには、この学校をなるべく多くの人達に売らなければならないので風景を賛美して書いたのだと。それは、インドの大半の人達が今とにかくやっていることなのだ。そして彼はノーベル賞をとったのではないか。誰が、どのようにしたらノーベル賞がとれるのか、皆承知している。

    6月に考えていたのはそんなことだった。今はタゴールが私の思っていたほどペテン師ではなかったと思う。この場所で演じられる稲妻劇は、よく組織された劇場の機械設備をすべて駆使したほどの効果を持っている。以前住んだことのある所では、稲妻は嵐の単なる付属物だった。雷がひどく鳴り、風そして最後に雨。モンスーンの季節には、少なくとも年に3~4回、数分間のこういったショーの待遇をうける。それは激しいものである。子供時代から目撃している。しかし、ここの稲妻は私のそれまで知っていた稲妻と似ても似つかない。それは見る人をぎょっとさせない。閃光というよりウインクに似ている。そして長い時間続くのだ。雲の集まりを、伴わないことがよくある。ほぼ毎夕1時間かそこら、こうした空の手品を見ることが出来る。よく前庭に立って、光と影のこのゲームを見る。ここの稲妻は怖くない。催眠術をかけ、誘惑するのだ。何がタゴールを誘惑したか今よくわかる。

    第4章(2)

    美しいマンゴーの木立へと続く東の入り口近くで騒音がしたので、皆が振り返った。予期せずして、人力車が入って来た。ほろの上に拡声器が備え付けてあり、中に座っている人は手にマイクを持っていた。年がら年中、何やかんやに抗議しているベンガルでは特別な光景ではないが、シャンティニケタンでは確かに、珍しかった。

    「消え失せろIMF。消え失せろIMF。国をアメリカに売らせるな。目覚めろ。目覚めろ。消え失せろIMF」

    人力車は入って来て、展示会場の中心部に向かって来た。一時会話が途切れ、露店で展示物に見入っていた人たちは何ごとかと振り返った。人力車に座っている青年が見えた。チョクロバロティとか何とかいう英語科の学生らしかった。スンヌが私に語っていたところでは、この学生は風呂に入らない記録のようなものを作ろうとしていた。今学期に入って、まだシャワーの蛇口を回していないとスンヌは言っていた。

    「何を言っているの? IMFって何?」とリサが尋ねてきた。

    「世界銀行を知っているだろう。IMFはその兄弟だよ」

    「ああ、国際通貨基金のことなの」

    「そうだよ、よく知ってるじゃないか」

    「だけどそれがどうしたの? 何故IMFが好きでないの? その基金はカルカッタの飲料水の質を改良するために、お金を出しているんでしょう。今朝の新聞で見たわ」

    シャンティニケタンの催し物会場では、警察の配備とかガードマンなどは一般に必要としないから、そんな人は誰もいなかった。だから、しばらくの間は、IMFもUSAも好かないこの男の取り扱いに手をこまねいていたが、やがて年長の女教授が進み出て、学生と人力車夫を叱り、展示会場の外へと戻した。

    「こんな問題が起こるのも、学校側が催し物はすべて戸外でという魅力にとらわれているからさ。何故講堂で美術展示会を開く事が出来ないのかね? たくさんのホールがあるというのに」

    数歩離れた所で誰かがいきまいていた。

    「しかし、グルデブ(※タゴールのこと)は何をするにも開けた場所でしたがった。それがここ、ヴィシュヴァ・バーラティの伝統なんだ」

    とおずおずとした男の声。

    「それは、その伝統だけしか今覚えていないからさ。グルデブが今、毎夕7時以後、フットボール場の近くで何が起こっているか知ったら、あまりの恥ずかしさに死んでしまうだろう」

    リサを出口の方へと促した。電話をかけに行かなければならなかったのである。

    シャンティニケタンで長距離電話が出来る所は2ケ所しかなかった。ボルプールの電話局と運河の向こうの大きなホテルである。ホテルの奴らは正真正銘の詐欺師で、法外の料金をふっかける上に通話時間まで誤算するのだ。しかしながら、夕方このホテルへ人力車で行き来するのは、ここで味わえる最も素晴らしいことの一つだと言える。だから貧乏といえども、リサと私は概してこっちの方をとる。

    「ジボンとカコリや、私達の知っている彼らのようなカップルのことをよく考えるんだけど、あの子たちって、シャンティニケタンを去ったあと結婚して、一緒に住むと思う?」

    とリサが尋ねた。

    「一度か二度、ここの人達に質問したことがあるけど、答はまちまちだね。スブロトダー教授が言うには、この<幼稚園>を出た後は100組のうち1組も残らないということだ」

    「本当!?」

    「うん、でもアミット ロイが言うには、君は彼のこと知らないと思うけど、50%ぐらいが成功するそうだ」

    「ほんと、インドの統計って信用できないのね」

    「わかってる、これは全く個人的なことだからね」

    「だけどここは随分違うわね。インドでは男と女は結婚まで全く別々の世界に住んでいる、とあなた言ったでしょう。そして結婚後も男は男、女は女で別々に交流し続けるって」

    「自分が言ったことに異言はないよ。ベンガルは確かにインドの他の地域と違うし、中でもシャンティニケタンはもっと違っている。自分のことをいえば、25才になって生涯初めてのキスをしたけれど、相手は売春婦だった」

    リサは淑女ぶる女ではない。26才にしかならないのに、私と出会う前に複数の男を知っていた。しかし、売春婦のことは気にさわった。どうして男が一度も会ったことのない女と肉体的に親密になれるのか、理解不可能だと言う。少なくとも、売春婦を尋ねたことに罪の意識を持つべきだという感じなのだ。もし売春夫がいるとしたら、ほとんどの女が一度ならず訪ねるだろうという私の議論は受け入れてもらえない。

    リサは利口で、この美しい夕方を、性や道徳のことなど私達がいつも好んでする議論にのめりこむことで台無しにしたくなかった。蚊がうるさい時とか、停電の時とか、ほかに何もすることがない時、家でいつでもそんなことに耽ることが出来るのだから。リサは、鹿公園入り口の左側にある池にのぼってゆく霧を指さした。

    February 07, 2007

    第4章(1)

    私もリサも、美術学部の年に一度の芸術祭にいささか失望した。インド国内でも指折りの芸術大学の学生達であるからには、もう少しまともなものを出すだろうと期待したのだ。手づくりのカードと陶器、それに非常にありきたりの絵画、それだけ。美術学部はかなり「お気楽な」学部である。展示物に比べると、食べ物類は悪くはなかった。そしてもちろん、一番わくわくするのは、髪や首の周りに生花の飾りをつけ、カラフルなサリーで着飾ったベンガルの女の子たちだ。

    リサは手持ちの中で一番上等なサリーを着て、私はいつものスウェットスーツのズボンのかわりにちゃんとしたズボンをはいた。私達はリサの韓国人の友達がやっていた屋台で韓国料理を食べ、パレーシュ・バナルジーという物理学の教授と一緒にコーヒーを飲んだ。彼は、分厚いセーターに毛皮の帽子を被っていた。手袋だけはしていなかったが、これも12月より前にバッグから出てくることは確かだ。考えてみると、大半の人が既に毛の物を着用していた。ベンガル人は寒さに弱い。

    人力車に乗ってどこかに向かう時ぐらいを除いて、ルパとチットラディを屋外で見ることはまずない。リサは、このセクシーな元の私の先生とその母親との私の関わりを快く思わない。だからリサは2人を避けた。いずれにせよ2人はぐずぐずせず、カードをいくつか買って去った。ルパがサリーをあんなに下げて着てなかったらよかったのに。私は今でも麗しい腹部に反応してしまうのだ。

    行こうと思っていたちょうどその時、例のジボンとそのガールフレンドのカコリに会った。ジボンはめかし込んでおり、カコリはショーウインドーから今だかつて持ち出されたサリーの中で、最も品のない紫のものを着けていた。リサは彼らのことは嫌がらない。彼らが相手だと容姿や頭脳で張り合うことがないからだろう。

    January 28, 2007

    第3章(3)

    リサが子山羊の撮影から戻って来たので私は立ち上がった。

    その朝、範子が何をするつもりだったのかはっきりしなかった。外国人短期コースの授業は週に2回だけで、それも規則的ではない。私とリサが家に向かった時、範子はなぜか私たちと一緒に歩き始めていた。

    2人の日本人が話す時は、他に誰が居ようといつも「ニホンゴ」になる。私達がピアーソンパリを通ってシュリニケタンに行く道にさしかかった頃、この2人の女たちは何かの話に深く没頭していた。プリヨという名前を時々耳にしたので何が話題になっているかは察しがついたが、注意深く聞こうとする気力がなかった。すぐに分かるだろう。

    タバコもう1本に火を点けようかどうか考えていた時(本数を減らそうとしていたのだ)、ジボンが自転車で音楽学部の門から急に私達のいる道へと曲がって来た。この男は32才だが赤子のように振る舞う。彼はシャンティニケタンで1ダースほどいるリサの賞賛者のひとりだ。

    ジボンはベンガル人についてたくさんのことを教えてくれた。「フランス語は知的な言語である。そして、自分はインテリだからフランス語を学んでいる...」彼はこういうことが容易に言える種類の人間なのだ。彼はまた、戸口のベルを休みなく押し続けるようなタチでもある。また、私達はお互いある程度知っているにもかかわらず、会うといつでも、私とリサにとても改まった挨拶をする。リサには感心する、何の問題もなく礼儀を礼儀で返すのだ。

    ジボンは私からタバコを1本受け入れて立ち去った。


    「彼女、フィアンセとの婚約を破棄したいのよ」

    会話に入れてもらえる時が来た。範子は私の反応を熱心に待った。だが私は背景を呑み込まないまま反応を求められることが嫌だった。

    「それについては後で話そう」

    リサにベンガル語で言った。範子はベンガル語を習っているが日常語は理解できない。とにかく彼女はがっかりしたようだった。自分の奔放な行為についてリサと話しただけでは十分でないのは明かだ。範子はもっと大きな聴衆を欲しがっていたのだ。

    ピアーソンパリにある「フォーティ・ファイブ」と呼ばれる教師用の住宅群の少し手前に、アショク・パルという名の男が経営するレストランがある。アショクとは、スサント同様親しい仲である。

    「ここでもう一杯お茶を飲む。君たちは先に行ってくれ、後から追いつくから」

    リサはちょっと視線を上げたが質問はしなかった。

    January 27, 2007

    第3章(2)

    「お元気?」

    スロチャナだった。絵画の修士課程にいる女だ。シャンティニケタンのこういった茶屋には客ごとに別々のテーブルがあるわけではない。通常2つの細長いテーブルが、調理場となっている萱葺小屋の外にばらまかれていて、そのテーブルの両側には、客が座れるように長いベンチが据えられている。私的な会話がしたい時は、運河の向こうの森か、「ディア・パーク(鹿公園)」に行かなければならない。

    「元気だよ」

    「リサはどこ?」

    「裏で山羊と話してるよ」

    「あなたがた、もう結婚したの?」

    スロチャナははっきり物を言う方だ。シャンティニケタンの多くの人間がこの質問をしたくてうずうずしていたのだが、声にならないのだった。

    「気をもむなよ、いずれするから。範子に会ったことはあったかな? 外国人短期コースでベンガル語を勉強しているんだ」

    「よろしく、範子さん。運河の近くでインド人のボーイフレンドと一緒にいるのをよく見かけるわ。この2週間は運河を描いているの」

    この女に自由にしゃべらせたら何を言い出すか分からない。スロチャナがこれ以上しゃべる前に話をそらさなければ。

    「スロチャナ、ショーメンダ教授の壁画の展示会に行った? 昨日開始されたけど」

    「あら、知ってるわ。私は美術学部の学生ではなくって? ショーメンダ教授は全くひどい男よ。ひどい男の作品なんか見たくないわ」

    「ひどい男が良い芸術家ってこともありえる」

    「絶対ない」

    「スロチャナ、絶対主義は最大の罪だよ。芸術を学ぶ君のような学生が善悪を定義づけて話し始めるなら、このさき世界に何が起こるか不安だね」

    スンヌが再び別の会話から自由になり、聞き入っていたのを知らなかった。

    運河の先にある森で範子がしたことについてのスロチャナの話題を変えるのに成功したた後は、私は黙ってもよかった。しかし、私もショーメンダが好きではなく、彼をそしる材料がもっと欲しかったのである。

    「何故、好きではないの? ショーメンダを」最後の言葉の音量を下げながら尋ねた。

    「ショーメンダが好きでないのは」とスロチャナは大声で言った、「彼が白髪を染めているからよ」

    「それはひど過ぎるよ」とスンヌ。「優雅に年がとれないとしたら、それはただ自信が欠けているからだけなんだ。自信のないことは罪ではないよ、スロチャナ」

    「スンヌ、あなたはカラバヴァン(美術学部)について何も知らないわね。ショーメンダは、授業中私のキャンバスの前に2分以上留まることはない、というのも私が30近い年齢で眼鏡をかけてるからよ。今年、マニプールから1人の女の子が入って来た。そう、いつもミニスカートをはいてる子よ。あの娘ったら、絵筆の番号の違いも学んでないのに、ショーメンダから集中講座を受けているのよ。彼の孫娘でさえ彼女より年上じゃないかしら?」

    「私はショーメンダをとても尊敬するわ。彼の家では何回もお茶をよばれているの。 インドの哲学者について話す時は、インドのカレンダーに載っている聖人たちと見まがうほどだわ」

    範子はいつもながら何を言うにも、全く動じない信念をもって言うので、その後は皆、何を口に出していいか迷ってしまうのだ。

    January 20, 2007

    第3章(1)

    トゥルとリサの間の問題はまだ解決されていない。いや、されないようだ。残念だ。トゥルのつくるコロッケと焼きそばは、ラタンパリの中で文句なしに最高だからだ。トゥルはとてもプライドが高いけれど、礼儀正しく、私の挨拶には素直に答えてくれるのだが、リサに道で会ったり、彼の店の近くの八百屋で会ったりすると冷たい目に変わる。

    ある日、私、リサ、範子そしてスンヌがタマリンドの大木の下の茶屋で朝食をとっていた。スンヌが詩について尋ねていた。物理学を研究しているこのケララ州出身の学生にウルドゥー語の詩を説明するのは、恐ろしく骨の折れることだろう。ちょうどその頃トゥルが入って来た、あるいは、しばらく私達の後ろに立っていたのかもしれない。店の主人が座るように言った。

    「彼に尋ねたら、詩を書くから」

    「トゥル、本当?」とスンヌ。スンヌはシャンティニケタンにもう6年も住んでいるので、住人のことは1人残らず知っているのだが、トゥルが詩を書くことはもちろん知らなかった。それはほんの内輪だけの秘密だった。トゥルはリサには打ち明けた。というのも、リサが本当に関心を持っていると思ったからだ。ウルドゥーの詩ではなくトゥルに。

    トゥルは、自殺本能を持つ特殊な虫と、炎と、報われない愛について説明した。スンヌは長い討論を好んだ、そうすれば自分の話術を研ぎすます事が出来るからだ。しかし、トゥルは行かなければならなかった。彼は詩人であることには違いないのだが、じゃがいもが時間通りにゆで上がっていなければ、昼休みの客にコロッケが間に合わないのである。

    美術学部の学生2人が、トゥルの空けた場所を占め、スンヌはすぐに別の話題を取り上げた。私は頭を左の方に向けた。リサはこの10分間いないふりをしていた。明らかに問題は健在なのだ。範子は、「あなたは本当にえらい」と言いたげな目で私を見ていた。

    「本当にあなたを尊敬するわ。トゥルと何の問題もなく話せるの?」

    「階級の違いということでかい? 彼が低いカーストで、道で食べ物を売る教育のない男だからということ?」

    リサをいじめたい気分だった。 皮肉は当然、範子には全くの浪費である。

    「ええ、それもそうだけど、あなたはそんなこと信じないでしょう? 前に言ったじゃない、ここの大学の教授連中よりむしろ、こんな人達の方に興味を覚えるって」

    「じゃあ、何のこと?」

    「あら、何って言ったらいいか分からないわ。問題があるでしょう…」

    範子は真っ赤になっていた。彼女には、驚いてばかりだ。彼女は実際何でもやってしまう一方、少しでも情愛に関することを引き合いに出さなければならない場合は、女学生のように顔を赤らめる事が出来る。

    リサはベンチから立ち上がり、さっきから子山羊のメェーメェーという鳴き声がしていた茶屋の裏の方へ行った。

    January 12, 2007

    第2章(3)

    翌朝スサントは私に、範子・プリヨ事件の詳細を話してくれた。運河から少し離れた所に大きなホテルがあり、カルカッタの金持ち達が、シャンティニケタンで週末を過ごしたり、お祭りに参加したりする時に滞在する。プリヨムケルジーは22才の若者で、そのホテルでウエーター兼アシスタントマネジャーとして働いている。この若者プリヨは野心家で、「いい人生」を送りたいと思っている。海外に行って金を稼ぐとか。そこで、願望を成し遂げる方向づけに日本語を習うことに決めた。

    スサントは時々意地悪くなる。彼は、プリヨが日本語を役立てる気なんかなく、ただその時シャンティニケタンに住んでいた10人の独り身で、ちょっと風変わりな日本人女性のうちの誰かと友達になる言い訳にしているだけだと思っていた。私はスサントに、私も最近まで若くて綺麗なベンガル娘から中国語を習っていたことに気付かせた。それはともかく、何人もいる日本人学生のうち、山瀬範子ただ1人がプリヨに日本語を教えることを買って出たようだった。

    日本語の授業はロマンチックな場所で行われた。だけど、これも彼らの落ち度とは言えない。この祝福された場所で、ロマンチックでない場所を見付けようとするのは難しい。だから、池の近くの木の下や昔風の茶屋、そして範子の部屋などで勉強した。

    そうこうするうち、ある夕方、山瀬範子がプリヨ・ムケルジーにキスしたとスサントは言った。現場には居合わせなかったが確かだと言う。何故その順序なのか? だってそうなんだからと譲らない。とにかくその点にこだわる理由は、何かベンガル人の誇りに関係があるのだろうと私は思った。

    次に何が起こるのだろう、とスサントに尋ねてみた。

    「別に。何も。世界中が知っているように日本人はとても実際的だ。プリヨは夢を夢見るのに忙しい、うぶなベンガルの若者なんだ。ゆくゆくこの女は他の者たち同様去って行くだろう。そして、時がたてば日本から年賀状さえ来なくなるだろう」
     
    スサントは賢者のようなふりをしているが、そうではない。彼もプリヨ同様、外国人に積極的に関わって、独自に何かしようとしているのを私は知っている。畜生! この呪われた場所にいる馬鹿者は皆が皆、恋に落ちているらしい。タゴールの魂のなせる技に相違ない。

    January 07, 2007

    第2章(2)

    「彼女、彼と寝たわよ」

    1週間後のことだった。私は英雄気どりで、それみろと言うのを我慢した。

    「いやな笑いはやめて。何か言いなさいよ」

    「何て言ってほしい? とにかく、それ誰が言ったんだい」

    「範子自身よ。あなたが今朝郵便局に行ってた時、来たのよ。彼女、とても罪の意識を感じているの。自殺したいって言ってた」

    「どうして? 処女でないことを婚約者が発見するとでも言うのかい」

    「ちがう、ちがう、そういうことじゃないのよ。もう彼女そういう経験はあるの。だいたいは婚約者とだと思うけど。それにしてもヤバイことじゃない? 1月に結婚しないといけないのに、ここで知らない男と寝てるなんて」

    「ねえ、リサ、あのベンガル少年が先週範子と一緒にいるのを見た時、この方向に進んでいるのははっきりしてたよ」

    「そうね、今思えばね。だけどどうしたらいいの? 困ったことになっちゃった」

    「どうしたらいいって、どういうことなんだ? なぜ君が何かしなければいけないんだ? 君に責任はないんだから」

    「そこが問題なの。そのことに多少責任を感じるのよ」

    「この問題をちょっと深く考えすぎているようだと思うけどね。どんな風に責任を感じるのか説明してみろよ」

    「あなたに理解できるかどうか分からないけど、私がある種の手本を示したようなのよ。そうじゃない?」

    「君には故郷に誰か結婚の約束をした人がいるわけじゃないだろう?」

    「そういう意味じゃないのよ。私が言っているのは、幸せになる方法をある意味で示したということなの。幸せになるために人が誰にも相談しないで決断をすることは、別に悪いことではないということを」

    「リサ、何かわけの分からないことを言ってるよ。なんで、そんなことに手本が必要なんだ?」

    「日本人には要るのよ」

    「ああ、またそれか。このことでそんなに哲学的になる必要はないと思うけどね。この娘は8~10週間彼氏と離れて暮らしている。寝るチャンスがあったからやっったのさ。そんなことは家を離れていれば当たり前だよ」

    「お願い、そんな露骨に言わないで。もう何百回と言ったけど、普通の女の人は単純な肉欲っていうのはあまり持てないの。一緒に寝ることを考える前に別のことがいっぱい必要なの。特に厳しく育てられた範子はそうなのよ。セックスを楽しめなくて、婚約者が求める時だけするんだってよく言ってた」

    「そうか、君とセックスについて話すのか?」

    「そうなの。それが、罪を感じるもうひとつの理由なの」

    「何だよそれは?」

    「最初ここに来た時、私ちょっとおかしくなってて、タントリズムとかそういうものに興味を持っていたことは知っているでしょう」

    「セックスを通して悟りを得るってやつか」

    「そう、でもラジニーシとかそういう今流行の類いじゃなくて、何かもっと原始的な類いのもの」

    「それで?」

    「そういうことをよく範子と話してたの。彼女、私を師匠か何かのように扱った。その頃私はあなたに出会った。だから範子が無意識のうちに私の足跡を一歩たがわずたどろうとしているという感じがあるの」

    「うーん、君の言うことはありうるかもしれないけど、気を楽にしろよ。そうじゃないかもしれないからね」

    「そう言ってくれてありがとう、私もそうじゃないことを願うけど」

    December 26, 2006

    第2章(1)

    シャンティニケタンの生活にはいくつかの長所があった。まず車がほとんど通らない。歩いたり自転車に乗ったりすることが充分楽しめるのだ。リサに会う前は、よく自転車に乗ったものだった。彼女も自転車を持っていたが、大事なことを話し合うのには歩く方が良かった。

    10月の末にふたりでデリーその他の場所を回る旅から戻ってくると、リサは自分の部屋を引き払って私の所に住むようになった。多くの問題を片付け、将来へのためらいを克服して今私たちは、喜びと驚きでまわりを見回した。

    範子は私達が留守の間、忙しくしていた。蓮華座を水の上で組む練習を忘れたかわりに、なんとボーイフレンドをつくっていた。

    「ねえ! お願いだからボーイフレンドだと言わないであげて。彼女は日本で婚約してるって言ったでしょ。これはただの友達。その子は範子より年下だし、弟のように思っているだけなの、それだけよ。だめ、彼女が来ても冗談にも言わないで、絶対気を悪くするから」

    「わかった、わかった、きみがそんなに怒る必要ないよ。このことには関わらないようにするから。だけど僕の言ったことを覚えておいてくれよ」

    「お願いだから、それ以上何も言わないで」

    「オーケー、オーケー、ごめん」 

    2人の関係で、日本のことに関して一切の意見や批判が厳禁された時期であった。シャンティニケタンの日本人はいわば、リサの家族のようなもので、彼らに何か日本のことを言ったり、彼ら自身について何か言おうものなら、いつでもひどい誤謬にされてしまった。ストレスを感じたが、何とかやり過ごした。

    December 18, 2006

    第1章(4)

    範子は、リサと私がデリーに旅立つ時、ボルプール駅まで見送りに来た。リサは口止めしたけれど汽車を待っている間、私は範子にその件について質問しないではいられなかった。

    「幸せがほしいのよ。深くて純粋な幸せが」

    インドで何を求めているのかを聞くと、範子はそう答えた。

    このシャンティニケタンでの6ケ月間にいろんな国籍の人間に接した。その大半はごく限られた英語しか話せなかった。だから、こんなクサイ言葉にもなんとか我慢できるようになっていた。

    「ドラッグかなにか試してみれば?」

    私は軽率に言ってしまった。範子はちょっとショックを受けたようで、私をのぞきこんで目に冗談の跡があるかどうか見極めようとした。それがないのを見て、真剣になって言った。

    「本当にドラッグを試すことを勧めるの。もし一度もしたことのない経験ができるというのなら試してみても構わないけど」

    プラットホームはひどく暑くて、急に我慢が出来なくなった。

    「範子さん、深くて純粋な幸せって一体何なんだ。《涅槃》がおいてあるデパートの住所を教えろって言うのか? そんなものがこの世にないってことが分からないほど愚かなのか。幸せ、幸せと大声で叫んでいる間はそれがどんな意味を持っているのか決して分からないよ。できることならもう少し肩の力を抜くことを学ぶんだね。ごく普通にある物に目を向けるようにしてみるんだ、例えば木とか、微笑んでいる子供とか、わからないけど、ロッショマライ(ベンガルのミルク菓子)の味とかそんなもの。幸福なんてものは来るにまかせるんだよ。いつも走り回ってばかりいないで」

    範子は私の苛立ちなど少しも気づかずに言った。

    「わかっているわ。リラックスが必要だということは。肯定的に考える必要があるってことも。じゃあリラックスする方法を教えてちょうだい。ヨガ、瞑想、あらゆるものを試してみたけど今だにリラックスすることができないの」

    範子が、散歩に連れて行ってもらうのを待っている時の私達の犬とそっくりだと気付いた時、私は彼女に危うく消え失せろと言うところだった。ああ何という瞬間。気付いてみたら全く奇妙な状況に置かれていたのだ。リサを捜すと、プラットホームの端で雑誌を買っているところだった。範子をもう一度見た。全く同じ表情で辛抱強く待っていた。突然、彼女は泳ぐのが好きなのだということを思い出した。運河で泳いでいるのを一度ならず見た事がある。

    「範子さん、正しく座禅を組むこと出来る?」

    「ええ、ええ、できるわ」

    「水の上でしたことある?」

    「水の上で?」

    「そう。明日泳ぎに言ったら、水の表面で試してみたら。沈まないようにしてまるで地面の上に座るように水の上に座禅を組むようにしてみることだ。強い集中力と身体の統合が必要だ。1ケ月後に出来るようになったら、たいしたものだね。一度出来るようになったら、少しずつリラックス出来るようになる。百パーセントとは言わないが保証は出来る」

    「本当にどうもどうもありがとう。決してこのアドバイスを忘れません。早速今日の夕方から練習を始めて、あなたがデリーから戻って来た時には見せてあげられると思うわ」

    この会話の内容を、汽車が発車するとすぐリサに話した。リサは愉快そうに笑って、即座にいい思いつきができたことを賞めてくれた。

    「とにかく、あまり心配しなくていいわ。年上で賢明そうな人とみると、誰かれ構わずこの種の質問をして相手を困らすんだから。一種のパフォーマンスね」

    しかし私は、何かしっくりしないものを振り落とすことが出来ないでいた。

    December 12, 2006

    第1章(3)

    リサがちょうどその頃私に話してくれたのだが、範子は日本の典型的な中流家庭の出身で、両親が働いていたため、厳しい祖母に育てられたそうだ。

    これが、だいたい9月頃の出来事であった。範子は11月に日本に帰るだろうとリサが言った。東京に住むサラリーマンとの結婚が1月20日に決まっているのだ。

    「ほんとうかい。じゃ彼女はここで一体何をしているんだ」

    「あら、日本人のサラリーマンが休暇をとらないってこと知っているでしょう。結婚後に旅行するなんてまず問題外よ。だがら範子にとってこれは、世界を見る最後の機会ということなんじゃないかな」

    「お見合い結婚なのかい」

    「まあむしろ、お見合いっぽい恋愛っていうのかな。う~ん、説明するのが面倒くさい。そのへんはインドと全然違うし、日本にしばらく住んでなけりゃ理解できないと思う」

    「まあ聞けよリサ、どこの国のどんな女でも、4ケ月後に結婚しようとしているなら、結婚式の服装について考えるとか、いつ子供を産むかなどについて考えるのに忙しいはずだろう。インドに3ケ月も行くなんて、あまりにも冷めてると思うけどね。それとも、範子にはまだ僕の知らない才能でもあるのかな。でも、頼むから僕に日本人の気質がわからないとかそんな馬鹿は言わないでくれよ」

    「うん、わかってる。まあ実は私自身もそれには少し興味があるのよね...」

    December 10, 2006

    第1章(2)

    スサントは範子を好かなかった。これには驚いた、というのもスサントが誰かによそよそしくしているのを見たことがなかったからだ。スサントは外国人好きで、彼らを喜ばすためなら羽目を外すことも厭わないと学生達は言っている。本当かどうか分からない。私は茶店に何時間もくつろいで、彼が皆をもてなすのを観察した。その中には、ボルプールで一日たっぷり働いた後、帰宅の途中にお茶を飲みに寄った近村の貧しいかぎりの老女たちもいた。スサントは、いつも客に後払いでいいと言う。彼は人々と会い、彼らの話を聞くためだけにあの店を経営しているのだとしか思えない。

    だが、スサントは範子を好かなかった。範子は現実的だからと言う(彼が使った「マトラビ」というベンガル語の形容詞は、文字通り訳せば「利己的」なのだが、言いたかったことは分かる)。スサントは現実的な人間を好かない。さげすむのだ。

    私は、範子のこの現実的な面に興味を持った。外国人、特に若い女の大半がシャンティニケタンに来て、現実的であることを公然と非難する。その時々で、それを実用主義、消費主義その他色んな名前で呼んだが、とにかく皆、そういうのには断固反対で、本質において精神的なことや神秘的なものや何かそんなようなものを好んだ。そして現実的にならないよう身を粉にした。

    範子は面白い。彼女は精神的な問題と実際的な問題を注意深く切り離す。瞑想やらマザーテレサについて話した後、すばやく切り替えをして、菓子屋の主人が間違って半ルピー多く取った、などと議論し始めることができるのだ。

    November 26, 2006

    第1章(1)

    私が山瀬範子に初めて会ったのは、シャンティニケタンの私の恋人の部屋だった。明るいオレンジ色のサリーを見事に着こなしていた彼女は、背が高く見えた。ボーイッシュな顔だが、スタイルは素晴らしい。
     
    「サリーを着ると背が高く見えるね」

    彼女を紹介された後、私は言った。

    「私、ほんとうに背が高いの」

    彼女はやや得意げに言った。

    私は少し驚いた。日本女性からこんな風な返答を受けるとは意外だったからだ。臆病だとは言わないが、よく知り合うまでは生意気の「な」の字さえ表面に出さないのが普通だから。

    私達はしばらくしゃべった。範子はベンガルの、ある他愛いない慣習の本当の理由を見出そうとしていたが、私がはぐらかそうとしたので、やや失望したようだった。

    「あの子、賢そうだね」

    範子が去ったあと私は恋人に言った。

    「英語が話せる人なら誰でも賢いんだから」

    と彼女はじれったそうな表情を見せた。

    翌週、私は範子に何度も会った。シャンティニケタンは、毎日誰もに1回以上は会う所なのだ。私達は宗教や霊性などについて軽くしゃべった。シャンティニケタンで、この種の話題を避けて通ることは難しい。ロンドンで天気について論議するのにほとんど匹敵する。同じことを繰り返すことに時々うんざりしたが、私の陳腐な減らず口に対して範子が漏らす深いため息が、私に話を続けさせた。

    範子と私達はなんとなく仲良くなった。これには2つ理由があげられる。 私が15才年下の日本人学生、リサと付き合い始めてから、シャンティニケタンの小さな日本人社会(そして、大きなベンガル人のお偉方社会も勿論)から、私はある種の危険人物と見なされるようになった。リサと私は、この状況をかなり楽しんだのだが、それでもやはり私達の交際を認めてくれる人がいるというのは重要なことだった。

    もう1つの理由で、これはもっと大きな理由になると思うのだが、リサは周囲20キロメートル以内にいる女に対するあからさまな嫉妬を範子には感じなかった。彼女は、範子と私を二人っきりにしておいて、野菜を買いに行くとか、リキシャ引きのじいさんの写真を撮るとか、猫と遊ぶとかのような用事をすることができた。