Thinking Women

Written by Shashank Lele in 1994-5 Translated by Yoshida Mitsuko

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Location: 京都市, 京都府, Japan
  • 白蝶日記
  • Bengal Report
  • Plants in Ayurveda
  • May 27, 2007

    第7章(2)

    アムハースト通りに住む私の友達、バブール・センはビジュアル偏向だ。彼は映画通である。ゴダールやバーグマンについて何でも知っている。私にはハリウッド系のものしかわからない。バブールはいつも忙しく、彼のオフィスには私のような体の大きなものが入るスペースがない。動けば必ず何かをひっくり返す。例えば、本や、スケッチブックや、電話など特にいつも不安定な場所に置いてあるもの。バブールはいつも非常に忙しいが、私をオフィスに座らせ話させたがる。

    「手と耳とは別々さ、それらは独立して働けるのさ」

    と、いつも言っている。本当なのだ。彼の細くて長い白い指は、話している間休みなく働く。割り付けをしるし、字を張り付け、写真やら判を固定する。はさみやカッターナイフを驚くほど器用に使う。決して間違わない。消しゴムを使うのを一度も見たことがない。実に訓練されていて、しかも創造性がある。アムハースト通りにある彼の小さなオフィスを訪れると、毎回仕事を見せてくれる。猫を鉛筆でスケッチしたものは素晴らしかった。私が見たことのある猫に酷似していた。

    しかしながら、バブールが作るどんなポスター作品よりも、彼自身の方が視覚的にずっと強く打つものがある。彼には何かエーテル的なところがある。体のない頭のようだ。身長150センチ足らずで、体重は40キロを超えることはないと思う。その半分近くは、ふさふさした長い黒髪でぜいたくに覆われている大きな頭の重さに違いない。バブールの目はかすかに青い。リサが指摘するまでは気が付かなかったが、今はよくわかる。バブールにはひげもある。といっても、ひげは髪の毛ほど特別ではない、ただまばらに生えているだけだから。

    午後7時過ぎにオフィスを閉め、私がカルカッタに泊まる夜は一緒に散歩に出かける。散歩といっても話を続ける言い訳に過ぎないのだが、一度仕事を止めると、本や写真材料でいっぱいの手狭なオフィスに座っていたくないのだ。

    バブールはビジュアル偏向で、金銭的に保障される日が来たら絵を描きたいらしい。自分のためだけに描く絵。

    バブールはビジュアル偏向だが、私とは本や、時には作家についてだけ話す。いや、考えてみると、本よりもむしろ作家について。ジョイスの作品を読んだことがあるかどうか分からないが、彼のアイルランドやフランスでの生活、彼が一緒に寝た女たちについては確かによく知っている。

    「文学は真実や美と何の関わりもない。それはただ言語と関わり合いがあるだけだ。それをよく覚えておいたほうがいいよ」

    パトゥアトラの小道へと渡りながらバブールは言った。

    口には出さないが、彼は私が道でぴちぴちしたベンガルの生娘たちに目を奪われて、話しに不注意になるといつでもいらいらする。どうしようもない。この辺の女はかなり早熟である。私のような誰かが見ているのに気が付くと、すぐに服やハンドバッグをいじり始める。さらに、私は恥ずかしげもなく振り返って彼女たちの後ろ姿を見たりもする。

    バブールの女への態度が理解できない。それについて彼の兄に一度尋ねてみた。

    「あれが落ち着いて金銭的に保障されるようになったら、結婚させるつもりだ」

    ばかばかしい! バブールは2、3年とるか加えるかするだけでほとんど私の歳である。少なくとも、間違いなく35以上だ。彼の小さくて窮屈なオフィスに座って想像できることは、彼が1ケ月に1万ルピーぐらいは軽く稼いでいるということなのだ。インドの大都市の中で最も物価が安いカルカッタでは、決して小さな金額ではない。

    バブールが女と寝たことがあるかどうか知りたくてたまらない。しかし、ベンガル分割の歴史とかムルシダバードにある記念碑についてドキュメンタリーを作る可能性とか、サルバドール・ダリの奇妙な想像力とかについて私たちが絶えず討論しているときに、とてもそんな質問はできない。

    バブールは夜型人間である。毎日午前2時までは寝ない。そして、朝は10時頃にようやく目覚める。午後10時頃カレッジ広場のシャッターが下ろされ、交通が徐々に下火になると、バブールの会話に熱が入ってくる。彼がリラックスして興奮する時、つまり彼はだいたい、時間が遅くなって車の騒音が徐々に静かになり、歩行者の数が減ってくるとリラックスし、自分が当を得た発言をしていると思うと興奮するのだが、そんな時、彼のどもりが完全に消える。彼は自分のどもりを恥ずかしがってはおらず、一日中話しに話すのだが、言葉につまらないでしゃべるのを聞くのは気が楽である。あるいは、毎夕9時以後かそこらに、見すぼらしい、ペンキを塗ってないビルに降りてくる独特のムードにも、私の心は捉えられているのかもしれない。

    カレッジ広場をアムハースト通りと繋いでいる道に小さなカフェがある。数ケ月前初めてそのカフェに行った時、いつかそれについて書くだろうと思った。実際には、分厚い壁に開いた深い穴以上の何ものでもない。入口がもっと小さければ洞穴のようだろう。紅茶とビスケットだけが注文でき、新聞がバラバラにされているので、皆が同時に1ページずつ読むことが出来る。

    サラトチャンドラ・チャタルジーも、かつてここに来ていたのだと、バブールは私たちがそこに行くたびに思い起こさせる。私は10年程まえ、パリに一週間いたことがある。モンマルトル地区を2、3回訪問したが、何の魔力も感じなかった。恐らくもう新しい建物の下に埋もれてしまっているのだろう。それとも10年前の私にその魔力を掴む素地がなかったのだろうか。バブールの話す量がもう少し減ってくれればと時々思う。しかしそれはそんなに大きな問題ではない。この時間は彼がリラックスして、生き生きしており、どもることなく話しているので、私の返答をあまり気にかけないのだ。そのあいだ私はカフェの削られた壁を見つめることができ、それらが人生について何か教えてくれるかどうか分かるまで待つことが出来る。

    人生は今まで私に2、3の試練を与えた。さあ、これから更にいくつ来るのかということが問題だ。

    バブールは決して間食をとらない。聖人である。酒も飲まないし、タバコも吸わない。また、私達はとても親しいけれど、彼は決して私の悪徳を批評したりしない。私の欠点のほかには何も考えることがない私の母とは似ても似つかない。

    バブールは有名になりたいのだろか? 否と彼は言うが、そのわりにはいつも有名人について話している。彼は茶を運んでくる2人の少年などには注意を払わない。この子たちは、頼めば近くの屋台から焼めしなど運んで来てくれたりもする。バブールはアルジェリアでのカミュの生活について話すのに忙しい。2人の少年は、とても陽気で、けっこう肉付きがいい。2人はバブールと私が連れ同士であるのをとても面白がっている。

    May 21, 2007

    第7章(1)

    カルカッタでは、日中、タクシーやバスを探さないようになった。「ヴィシュヴァ・バーラティ・エクスプレス」(シャンティニケタンのボルプール駅・カルカッタのハウラー駅間を往復する列車)でボルプール駅から、ハウラー駅まで4時間近い旅をした後、ハウラー橋を歩いて渡り、アムハースト通りまで徒歩で行けるということがわかったからだ。あまり神経をすり減らさずに済むし、ほんの1時間かそこらで着く。東に行くことで私は随分たくましくなった。

    そしてハリソン通りを下って行くのには独特の楽しさもある。もし、腐った野菜の悪臭や、囲いのない小便所がさほど嫌でなく、絶え間なく人にぶち当たられたり、押されたりすることや、高山にいる時のように酸素の薄い空気を気にしないなら、の話だが。それでも、ミニバスのオーブンで焼かれているより、かなりましなのである。一度など、ハウラーから橋を横切ってチットプールにたどり着くのにそのバスで1時間半かかり、少なくとも2キロは汗で失った。

    カルカッタには、70年代にボンベイから仕事の旅で初めて来た。その頃私は営業部の管理職だった。その旅で童貞を失った、それは、中央通りとハリソン通りが交わる近くの路地にある3階建てビルの中のどこかであった。今でも彼女の名前を覚えている。コビタだった。肉付きが良く、色白でとても親切だったことを覚えている。

    その後、何度もカルカッタに来たが、二度とコビタの所へは行かなかった。私は感傷的なタイプではない。

    数年後、カルカッタ出身(正確にはボワニプール出身)の女と結婚した。3年間一緒に暮らし、最初に女の子、そして男の子が生まれた。その後、6年間この同じカルカッタで、正確にはアリポールの裁判所だが、悲惨な離婚訴訟を戦った。

    昨年再びここに来た。カレッジ通りの出版社が、アメリカの妹の家で書いた私の短編の印刷を承諾したのだ。全く外出せず、妹の家に居座って書くだけ。私の主治医以外はみんな、私がもう良くなった、もう気がふれていない、と言おうとした。しかし、私は誰も信じることができなかった。

    カルカッタは不思議な所で、誰もが母親を亡くした子供のように私を扱う。大半の人々が一生に一度もフグリー川(カルカッタを流れる大きな川)さえ越えたことがないのに、私に対して何についてでも気軽にアドバイスする。いかにして書くか、いかにして無駄を省くか、などなど。

    例えば、写真タイプ植字機に私の短編を打ち込んでいるのはアジットさんで、この紳士は、趣味でホメオパシー医をやっている。私が酒をやめたと言ったら、その反対のことを強く意見した。「急にやめてはいけない、便秘を促進するから。便秘は、とても危険なのだ」と言う。

    May 17, 2007

    第6章(2)

    ラームじいさんは非常に賢い男である。初めて彼からタバコを一箱買った時、ジョティ ボス(政治家)は馬鹿だと彼は言った。彼はまた、ネルーの部下たちがシャマパド ムケルジー(おなじく政治家)に毒を食べさせて暗殺したとも言った。ラームじいさんはそんなことを知っている。1931年にガンジーがヴァルドマン(シャンティニケタンの近く)に来た時、彼はガンジーも見た。

    アショク食堂に着いた時、何か不穏なことが起こっていた。アショク パルの3人の子供全員が、雌牛の近くに一列に立っていた。彼らはびっくりして正気を失っているようだった。ラームじいさんは食堂横の彼のタバコ屋の中にいなかった。長いベンチが一つ、地面にひっくり返されていた。よく実の付いたバナナの房も、血の付いた竹竿のわきの地面に横たわっていた。

    「パレーシュ!パレーシュ!」

    びっくりして正気を失っているようにみえる3人の子供以外に誰も見えないので、私は大声で呼んだ。普通なら、この時間は少なくとも10人以上の学生がここで昼食をとっており、アショクと、彼の妻と、アショクの助手パレーシュは、料理に、給仕に、皿洗いに、そして政治論議に忙しくしている。そしてラームじいさんのラジオか、彼のおしゃべりのどちらかが聞こえているはずだ。

    今日はそれが全くひっそりしていた。

    「パレーシュはどこ?」

    と一番上の子に尋ねた。

    「逃げた」

    と一番下の子が答えた。

    「逃げた? 何故? どこへ?」

    その時、3人の子供全員が同時に話し始めた。私の方に来て、自転車の周りに集まった。一番下のが、いつもするように素早く荷台にのぼった。

    「一度に一人ずつ、そしてゆっくり言いなさい」

    「パレーシュがこの竹竿でおばあちゃんの頭をぶった。おばあちゃんの頭が割れた。そんで父ちゃんたちが病院に連れて行った。パレーシュは逃げてちゃった、もしおばあちゃんが死んだら、警察に捕まえられて、牢屋に入れられるから」

    アロープは利口な子である、話に筋を通すことが出来る。

    「でも、どうしてパレーシュがおばあちゃんをぶったんだ? あいつとてもおとなしい奴じゃないか」

    「おばあちゃんが、母ちゃんに大きな石を投げた。それでパレーシュがぶったんだ」

    アショクの妻と母親があまりうまくいってないことは知っていたが、なぐりあいとは思ってもみなかった。それにパレーシュ! タゴールの詩に述べられているやさしい少女の誰よりも穏やかなパレーシュが、70才の老女の頭を強くぶって、今にも死なせんばかりにすることが出来る。

    人は人間の本性について何も知らないと感ずる時がある。これは、確かにその一つである。

    子供達からもっと詳しいことを聞こうとしていた時、ラームじいさんが角を回ってのっそりやって来た。

    「ダドゥ、おはよう」

    いつもと変わらず元気よく挨拶した。私は彼の息子のアショクより若いけれど、彼と同じ地位を意味するために私をダドゥ(「じいさん」の意味)で呼びたいのだ。

    「ラームじいさん、ここで何が起こっていたんです?」

    「あー、別になにも。女はこの世のすべてのもめごとの原因だって昨日言わなかったかな? 例えば、ママタ バナルジー(有名な舞踊家)」

    「ママタ バナルジーは忘れて。奥さん、ひどく怪我してるんですか。あなた今病院からの帰りなんですか?」

    ラームじいさんは例の歯のない微笑みを見せた。彼の写真を撮ったことがある。微笑むとガンジーによく似ている。

    「ダドゥ、わしはあんたがわしの奥さんと呼ぶ女に、この30年一言も口をきいてない。なんで病院に会いに行くべきなのかね? わしが病院に行く時は死ぬ時だけ。その外は決して病院に行かない。息子や嫁、あるいはあんたが奥さんと呼ぶあの年老いた魔女のような腹黒い奴らのことを心配して時間を無駄にしなさるな。これまでにもう十分もめごとを起こしてもらったから、彼らのことを1秒でも考えて残りの人生を無駄にしたくないんだよ。あんたはいい人だ。小説家だ。あんたに女について警告したけど、あんたは弱かった。あの日本人に抵抗出来なかった。初めてあんた達2人が一緒にいるのを見た時、2人がチャウライ(密造酒)を飲みにサンタル(土着の民)の家に行った時、ああダドゥは罠にかかった、と思ったね」

    「あなたはリサが好きではない。でもラームじいさん、彼女は大丈夫ですよ」

    「はじめは、みんな大丈夫なんだ。男の周りを可愛く走りまわり、男がしたいことは何でもしてくれる。ゆっくりと牙をむくんだ。とにかく女のことは忘れるとしよう。新聞をみたかね。東ベンガルが2ゴールの差で負けた、1ゴールではなくて2ゴールだ。いまいましい馬鹿者だ。彼らは練習などしたくない。映画スターと過ごしたいのだ。映画スターと過ごしたいのならサッカーはできない」

    パレーシュのことが心配になったけれど、東ベンガルが1ゴールではなく、2ゴールの差で負けた詳細を聞くまでは動けなかった。

    May 11, 2007

    第6章(1)

    朝の早い時間、私は夢にうなされていた。前の日の夕方、ツーリストロッジのレストランで食べたチキンカレーが悪かったに違いない。濃厚で油っぽいパンジャーブ風の料理が私は大嫌いなのだ。リサはむしろそれを好んで食べる。日本では、インド料理といえば、この種類しか食べられないのだ。

    プリヨがカルカッタのチョウロンギー通りを裸で走っており、その後をビジネススーツを着た日本人のグループが、タクシーで追いかけているという夢を見た。突然シーンが変わり、範子がナッティアガルのステージで、キャサリンの父親と踊っているのを見た。奇妙なことに、私はそのステージのそでで学生服を着て漢字を練習しており、その間チットラディが、なぜ海外に住みたいかという理由を金切り声で私に話していた。

    ラビンドラ・サンギート(タゴールが作った歌)がビートと混ざり合った音楽が聞こえ、そのビートに合わせ、目方のあるキャサリンの父親は首を突き出したり体を曲げたりしていた。そして私が無意識にラジオのスイッチに腕を伸ばしたので、今さっき椅子にリサが置いたマグカップをひっくり返した。

    「夢で誰としゃべっていたの?」

    蚊帳から出た時、リサが尋ねた。

    「チットラディだと思うよ」

    「嘘つかないで。漢字の書き順について何か言ってたから、ルパに違いないわ。だけど変な人ね、夢の中でさえ彼女と勉強しかしていないなんて。ロマンチックじゃないわねえ」

    私は肩をすくめて浴室の方へ向かった。リサがルパのことをそんなに気にしないでくれたらと思う。

    「日本人のグループが、カルカッタでプリヨ狩りをやっている夢を見たよ」

    紅茶をすすりながら言った。

    「面白いわ。あなたはもう彼が被害者だと思っているのね。範子は彼に大金を使っているの。それ知ってる?」

    「洋服や何かを買って?」

    「プレゼントだけじゃなくて、旅行やホテルの宿泊など全部よ。彼にはほとんど持ち金がないの」

    「ホテルなんかどうやっているんだい。インドでは結婚していない男と女は、一つ部屋に簡単には泊まれないよ」

    「そうなの、範子はそのことを言っていたわ。プリーではそれで困ったって。結局そのときは、別々の部屋をとらなければならなかったようだわ。範子を知ってるでしょ、1パイサでも余分にお金を使わなければならないとしたら、あの子くやしくて何週間も眠れないのよ」

    「彼女、君から金を借りたいのか?」

    「そうじゃないと思うわ。日本人は友達からあまりお金を借りないの。少なくともインド人がするように気軽にはね」

    「だけど彼女たちは交際相手の旅費を払うのは嫌がらない、ベッドでの彼のサービスが満足いくものならね」

    「何が言いたいの?」

    「何も。ただ僕が売春宿を訪問するのと、範子がしていることは、大した違いがないということ以外はね」

    「あなたは範子にフィアンセがいることを忘れている。セックスは彼女がほしい時、いつでも出来たのよ」

    「東京のその男は女の喜ばせ方を知らないのかもしれない」

    「そして、まだ母親のパッルー(※サリーの端。背中に垂らす部分)で顔を拭いている20才のベルガル坊やはそれを知っていると言うの?」

    「かもしれない。それとも、範子が教えているのかもしれない。誰かに手ほどきするのは、実に面白いことだろうからね」

    「なんていやらしい考え方。範子がプリヨと一番楽しんでいること何か知っている? 例えば、バスの屋根に乗って移動したりすること。バスがスピードを上げて、でこぼこ道をとばす時、彼女はものすごく興奮する。そういうのが日本では絶対望むことが出来なかった何かなのよ。彼女は新しい自由を見つけたの、信じてよ」

    私は納得しなかったし、夢のことも面白くなかったので、ラームじいさんを訪ねることにした。

    May 05, 2007

    第5章

    11月は何度もカルカッタに行った。1人の時もあり、リサと一緒の時もあった。スサントは、このカルカッタ行きが続いたことで気を悪くした。

    「なんでカルカッタへ?」

    いつも不満そうに尋ねた。奴は、私が何もせずに彼の店で過ごすことにすっかり慣れてしまっていたのだ。

    「カルカッタに愛人がいるんだ」

    一度そう言ってみた。

    「知ってたさ。カルカッタのどの辺? カレッジ通り?」

    「たわけた質問はやめて、ションデーシュ(ベンガル地方の有名なミルク菓子)をもう一つくれよ」

    「この頃いつも機嫌が悪いね。カルカッタの汚染された空気のせいだよ。シャンティニケタンでもっと過ごすべきだ。先週、僕とキャサリン、佐代、規子ジュニア(のり子が二人いるので、それぞれ「範子シニア」、「規子ジュニア」と呼んでいる。年令とは関係ないが、背の高さでだろう)、ウットムとほか数人がコンカリタラに行った。すごく面白かった。あんたも来てたら楽しめたのに」

    「その旅のことは全部知っているよ。おまえはターリーを飲み過ぎて、一糸まとわず池に飛び込んだ」

    「それは嘘だよ。オレは酒を飲んだことないし。みんな池で水浴びしたのさ」

    「そう、だけど君だけがパンツをつけてなかった」

    「ちがうよ。だれがそんなこと言うんだ。佐代に違いない。彼女は、オレと規子ジュニアが仲良くしてるのが面白くないんだ」

    「規子ジュニアが言ったよ」

    「ありえない、文房具屋で絵の具を買うにも困るほど、彼女の英語はひどいんだ」

    「彼女がリサに言って、リサが私に言ったんだよ」

    「それはひどい。実際何が起こったのか、自分で言った方がよさそうだ。オレはガムチャをつけて池に入って行った。キャサリンがそれを腰からひきとって、岸へ泳いでしまったんだ。何度も叫んだけど返してくれなかったから、何もつけないで水から出なければならなかった。あの日からキャサリンと口をきくのをやめているんだ」

    「その前にみんなでターリーをどのくらい飲んだんだ?」

    「飲まないって言っただろ。キャサリンはその日、少なくとも大瓶6本は空けてるに違いないけど」

    「スサント、あんたは大嘘つきね」

    当のキャサリンが自転車を止めて入って来た。歳は30でドイツ人。彼女とスサントはすごくいい友達だ。私自身とキャサリンとの関係は、最初あまりしっくりしなかった。しかし、リサと落ち着いてからは、お互いあまり緊張しないで付き合えるようになった。最初ひと悶着あったとき彼女が言ったことは、私が肉体的欲求をもっとうまくコントロールすれば、もっと人生を楽しむことが出来るだろうということだった。

    「スサントの馬鹿が、あの可愛い日本の女の子と結婚したいってこと知ってる? 恋しちゃったのよ。こん畜生、スサント、どうして私と結婚しないのよ? 2年以上もあんたの店で、あんたが茶だと主張するひどい液体を飲んでいるのに、私に恋しないんだから」

    キャサリンは彼女の故国の大半の女と異なり、きゃしゃな体つきであるが、大砲のような声を持つ。五百メートル離れていても聞こえる。

    「いや、結婚はしない、友情だけでいい」

    「何故?何故結婚しないの?」

    「30までは結婚しない。結婚までは女の子はいらない。ただ友情だけ、それがオレのルールだ」

    「スサントはブラフマチャリヤ(※四住期のうちの「学生期」。禁欲して学ぶ期間をいう)なんだよ」

    私はキャサリンに説明するつもりで言った。

    「だけどブラフマチャリヤは25になるまでだけで、スサントはもう26じゃない。スサント、毎晩寝る前に何をするの? 他の男の子たちと同じようにあんたも息子と遊ぶんでしょう。そうじゃないの?」

    男2人が仲間の女から何か下品なことを言われて、ばつが悪くなることはあまりない。しかし起こりうるのだ、インド人の男2人対、古代インドの思想などに詳しい西洋人の女1人の場合。

    「結婚してからタバコを勧めてくれなくなったわね」

    ベンチに落ち着いた後、キャサリンが私に言った。スサントは別の客で忙しくなった。

    「よく言うよ。昨日、禁煙中だからと言って僕のタバコを断っただろ」

    「だから嫌なのよ男って。誰かが前にこう言ったとか、こうしたとかいうことをいつも思い出させる」

    「愚かだね、同意するよ」

    「ほんとにばかばかしい。木の方がましよ。毎朝新しい地平で出会うもの」

    「最近、木をたくさん描いてるの?」

    「描かないわ、彫刻家だもの」

    「ごめん、いつも忘れる」

    「あなたは小説家じゃないの?」

    「まあね」

    「何を書くの?」

    「物語、大半はね」

    「何についてなの?」

    「いろんなこと。時には木についても書くけど、大体、人間についてだね」

    「セックスは?」

    「それも」

    「マスターベーションのための空想物語は?」

    「とりたててじゃないけど、材料が手に入れば書けるよ」

    「お利口ぶらないで、あなた自身のこと言っているの」

    「キャサリン、保証できるが僕のはあまり面白いとはいえないよ」

    「話して、あなたの日本人の妻はどうなの? あなた、前にも結婚してたでしょう?」

    「そうだよ」

    「子供は?」

    「いたよ、二人、男の子と女の子」

    「どこにいるの? 彼らの母親と一緒?」

    「そうだよ」

    「父がドイツから2週間ここにやって来るの。かわいそうに、この頃とても淋しいのよ」

    私は黙っていた。

    「母は、淫らな女なのよ。3年前、別の男と一緒になるために父を置き去りにしたの。その時、父はすでに55だった。長い間母と一緒に暮らした家から離れることだけが目的でハノーバーを去り、ボンに仕事を見付けた。だけど全く内にこもっちゃっておまけに心臓を悪くしてるの。母が結局一緒に去ったその男、実は家族みんなが知ってる人だったのよ。数年前の父の誕生パーティーに母が彼を家に呼んだの、信じられる? 自分の愛人を夫の誕生日に招待するなんて? だけどそういうことをしたの、あの女。父は、何百回とあの男を愛しているのか尋ねたけど、いつもそうじゃないと言ったわ。そして最後に離婚を求めた。もっと早いうちに父にそう話してあげればよかったのにね。かわいそうに」

    「女は時として変になるからな」

    反応が期待されているのが分かったので言った。

    「全部の女がそうじゃないわ。一般化しないで。彼女だけよ。畜生女」

    その時、スサントの店に入って来た二人の男が私に挨拶した。ボルプールの銀行で働いている奴らだ。シャンティニケタンに来た後すぐ私は彼らと知り合いになった。ボルプールのレストランで2週間ほど毎日昼食を共にしたのだ。一人はシーク教徒で、もう一人はオリッサ出身である。2人とも独身で、かなりのスケベだ。オリッサ出身の男は40になろうとしているが、女の子を紹介してくれるようにと何週間も私に迫ってきている。女の子なら誰でも。注文はない。長い間避けていたら、上玉の女の子たちを私が全部独り占めしようとしていると、一度などはほとんど非難せんばかりだった。これは最良の機会だった。急いでキャサリンを紹介したが、慌てて彼らの名前を入れ違えてしまった。しかし、2人とも気を悪くしなかった。キャサリンは、実際かなり綺麗なので彼らは喜んだ。

    「どこへ行くの?」

    私が立ち上がったのでキャサリンが尋ねた時、オリッサ出身の男は彼女に名刺を渡すところだった。

    「いっとくが僕はいま結婚しているんだよ。家で妻が待っている」

    「それは言い訳にならないわ。父がここに来たら、あなたの所に連れて行ってもいいか知りたいの」

    「是非どうぞ。会えるのを楽しみにしているよ」

    「それじゃ、さよなら。またね」

    キャサリンが、差し出された名刺を見ないで去るのを目にして心が痛んだ。

    主な登場人物

    前回の更新からずいぶん間があいてしまったので、ここで一度、これまでの主な登場人物などを紹介しておくことにする。

    シャンティニケタン:
    インドのベンガル地方、カルカッタ(現コルカタ)から北へ200キロほど行ったところにある場所。詩人タゴールが創設した「ヴィシュヴァ・バーラティ」という学校があるので有名。世界各地から学生が集まる国際色豊かな学校である。学園内には、インド土着の少数民族、サンタル族の集落が点在する。

    私:
    自称小説家の中年男。インド人だがベンガル地方の出身ではない。中国に取材に行く準備として、数ヶ月前からシャンティニケタンに滞在、この大学のルパという美しい女子学生から中国語を習っていた。リサと出会い、中国語学習は頓挫。リサと結婚する。

    範子:
    20代半ばの日本人留学生。ベンガル語の短期コースに所属。日本人と婚約しており、まもなく日本で式を挙げる予定だが、なぜかその前にシャンティニケタンに留学してきている。来てまもなく、リサと親しくなる。

    リサ:
    20代半ばの日本人留学生。範子と同じく、ベンガル語を勉強しに来ている。来てまもなく「私」と知り合い、意気投合して一緒に暮らし始める。現地の役所に届け出て、正式に結婚。

    スサント:
    「私」やリサが毎日のように通う茶店の主人。20代半ばのベンガル人。外国人好きで、彼の店は留学生の溜まり場になっている。

    プリヨ:
    スサントと同じ年頃の若いベンガル人男性。シャンティニケタンにある高級ホテルのボーイをしている。範子に近づき、恋仲に。日本人と婚約中の範子に罪の意識を抱かせる原因となっている。

    ルパ:
    美しいベンガル人女学生。中国語を専攻している。当初、「私」に中国語を教えていた。彼女の母親チットラディは、この大学の日本語教師。