11月は何度もカルカッタに行った。1人の時もあり、リサと一緒の時もあった。スサントは、このカルカッタ行きが続いたことで気を悪くした。
「なんでカルカッタへ?」
いつも不満そうに尋ねた。奴は、私が何もせずに彼の店で過ごすことにすっかり慣れてしまっていたのだ。
「カルカッタに愛人がいるんだ」
一度そう言ってみた。
「知ってたさ。カルカッタのどの辺? カレッジ通り?」
「たわけた質問はやめて、ションデーシュ(ベンガル地方の有名なミルク菓子)をもう一つくれよ」
「この頃いつも機嫌が悪いね。カルカッタの汚染された空気のせいだよ。シャンティニケタンでもっと過ごすべきだ。先週、僕とキャサリン、佐代、規子ジュニア(のり子が二人いるので、それぞれ「範子シニア」、「規子ジュニア」と呼んでいる。年令とは関係ないが、背の高さでだろう)、ウットムとほか数人がコンカリタラに行った。すごく面白かった。あんたも来てたら楽しめたのに」
「その旅のことは全部知っているよ。おまえはターリーを飲み過ぎて、一糸まとわず池に飛び込んだ」
「それは嘘だよ。オレは酒を飲んだことないし。みんな池で水浴びしたのさ」
「そう、だけど君だけがパンツをつけてなかった」
「ちがうよ。だれがそんなこと言うんだ。佐代に違いない。彼女は、オレと規子ジュニアが仲良くしてるのが面白くないんだ」
「規子ジュニアが言ったよ」
「ありえない、文房具屋で絵の具を買うにも困るほど、彼女の英語はひどいんだ」
「彼女がリサに言って、リサが私に言ったんだよ」
「それはひどい。実際何が起こったのか、自分で言った方がよさそうだ。オレはガムチャをつけて池に入って行った。キャサリンがそれを腰からひきとって、岸へ泳いでしまったんだ。何度も叫んだけど返してくれなかったから、何もつけないで水から出なければならなかった。あの日からキャサリンと口をきくのをやめているんだ」
「その前にみんなでターリーをどのくらい飲んだんだ?」
「飲まないって言っただろ。キャサリンはその日、少なくとも大瓶6本は空けてるに違いないけど」
「スサント、あんたは大嘘つきね」
当のキャサリンが自転車を止めて入って来た。歳は30でドイツ人。彼女とスサントはすごくいい友達だ。私自身とキャサリンとの関係は、最初あまりしっくりしなかった。しかし、リサと落ち着いてからは、お互いあまり緊張しないで付き合えるようになった。最初ひと悶着あったとき彼女が言ったことは、私が肉体的欲求をもっとうまくコントロールすれば、もっと人生を楽しむことが出来るだろうということだった。
「スサントの馬鹿が、あの可愛い日本の女の子と結婚したいってこと知ってる? 恋しちゃったのよ。こん畜生、スサント、どうして私と結婚しないのよ? 2年以上もあんたの店で、あんたが茶だと主張するひどい液体を飲んでいるのに、私に恋しないんだから」
キャサリンは彼女の故国の大半の女と異なり、きゃしゃな体つきであるが、大砲のような声を持つ。五百メートル離れていても聞こえる。
「いや、結婚はしない、友情だけでいい」
「何故?何故結婚しないの?」
「30までは結婚しない。結婚までは女の子はいらない。ただ友情だけ、それがオレのルールだ」
「スサントはブラフマチャリヤ(※四住期のうちの「学生期」。禁欲して学ぶ期間をいう)なんだよ」
私はキャサリンに説明するつもりで言った。
「だけどブラフマチャリヤは25になるまでだけで、スサントはもう26じゃない。スサント、毎晩寝る前に何をするの? 他の男の子たちと同じようにあんたも息子と遊ぶんでしょう。そうじゃないの?」
男2人が仲間の女から何か下品なことを言われて、ばつが悪くなることはあまりない。しかし起こりうるのだ、インド人の男2人対、古代インドの思想などに詳しい西洋人の女1人の場合。
「結婚してからタバコを勧めてくれなくなったわね」
ベンチに落ち着いた後、キャサリンが私に言った。スサントは別の客で忙しくなった。
「よく言うよ。昨日、禁煙中だからと言って僕のタバコを断っただろ」
「だから嫌なのよ男って。誰かが前にこう言ったとか、こうしたとかいうことをいつも思い出させる」
「愚かだね、同意するよ」
「ほんとにばかばかしい。木の方がましよ。毎朝新しい地平で出会うもの」
「最近、木をたくさん描いてるの?」
「描かないわ、彫刻家だもの」
「ごめん、いつも忘れる」
「あなたは小説家じゃないの?」
「まあね」
「何を書くの?」
「物語、大半はね」
「何についてなの?」
「いろんなこと。時には木についても書くけど、大体、人間についてだね」
「セックスは?」
「それも」
「マスターベーションのための空想物語は?」
「とりたててじゃないけど、材料が手に入れば書けるよ」
「お利口ぶらないで、あなた自身のこと言っているの」
「キャサリン、保証できるが僕のはあまり面白いとはいえないよ」
「話して、あなたの日本人の妻はどうなの? あなた、前にも結婚してたでしょう?」
「そうだよ」
「子供は?」
「いたよ、二人、男の子と女の子」
「どこにいるの? 彼らの母親と一緒?」
「そうだよ」
「父がドイツから2週間ここにやって来るの。かわいそうに、この頃とても淋しいのよ」
私は黙っていた。
「母は、淫らな女なのよ。3年前、別の男と一緒になるために父を置き去りにしたの。その時、父はすでに55だった。長い間母と一緒に暮らした家から離れることだけが目的でハノーバーを去り、ボンに仕事を見付けた。だけど全く内にこもっちゃっておまけに心臓を悪くしてるの。母が結局一緒に去ったその男、実は家族みんなが知ってる人だったのよ。数年前の父の誕生パーティーに母が彼を家に呼んだの、信じられる? 自分の愛人を夫の誕生日に招待するなんて? だけどそういうことをしたの、あの女。父は、何百回とあの男を愛しているのか尋ねたけど、いつもそうじゃないと言ったわ。そして最後に離婚を求めた。もっと早いうちに父にそう話してあげればよかったのにね。かわいそうに」
「女は時として変になるからな」
反応が期待されているのが分かったので言った。
「全部の女がそうじゃないわ。一般化しないで。彼女だけよ。畜生女」
その時、スサントの店に入って来た二人の男が私に挨拶した。ボルプールの銀行で働いている奴らだ。シャンティニケタンに来た後すぐ私は彼らと知り合いになった。ボルプールのレストランで2週間ほど毎日昼食を共にしたのだ。一人はシーク教徒で、もう一人はオリッサ出身である。2人とも独身で、かなりのスケベだ。オリッサ出身の男は40になろうとしているが、女の子を紹介してくれるようにと何週間も私に迫ってきている。女の子なら誰でも。注文はない。長い間避けていたら、上玉の女の子たちを私が全部独り占めしようとしていると、一度などはほとんど非難せんばかりだった。これは最良の機会だった。急いでキャサリンを紹介したが、慌てて彼らの名前を入れ違えてしまった。しかし、2人とも気を悪くしなかった。キャサリンは、実際かなり綺麗なので彼らは喜んだ。
「どこへ行くの?」
私が立ち上がったのでキャサリンが尋ねた時、オリッサ出身の男は彼女に名刺を渡すところだった。
「いっとくが僕はいま結婚しているんだよ。家で妻が待っている」
「それは言い訳にならないわ。父がここに来たら、あなたの所に連れて行ってもいいか知りたいの」
「是非どうぞ。会えるのを楽しみにしているよ」
「それじゃ、さよなら。またね」
キャサリンが、差し出された名刺を見ないで去るのを目にして心が痛んだ。